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第8話
‡《2日目》‡
窓の外、何事もなかったように晴れ渡る空が眩しい。きっと今日も朝から暑いのだろう。
午前8時。食堂の厨房で、唯斗と隆輔は朝食作りに取りかかっていた。
空腹だと人間は苛立ってくるし、ろくな考えが浮かんでこない。何か行動を起こそうにも元気が湧かない。まずはしっかり食べることが何よりも先決だと、冷蔵庫の食材でサンドイッチを作ることにしたのだ。
「リュウ、卵がパンクしてる! ゆですぎだよ」
「えっ? あ、あぁ、そうか」
文武両道で美形というパーフェクトな関本隆輔に、初めて弱点を発見した。
家に毎日通いの家政婦が来るほどのお坊ちゃまである彼は、男子出入り禁止の厨房に踏み入るのは生まれて初めてらしい。さっきから、ゆで卵一つ作るのに相当難儀している。
ちなみに唯斗のうちはごく普通の中流家庭で、母親がパートで遅くなるときはたまに唯斗が弟のために夕食を作ることもあり、軽食程度ならこなせる。
「もうそれいいから、シーチキンの缶開けてマヨ混ぜて。量ちゃんと考えながらな」
「おう」
ゆで卵くらい楽勝だと甘くみていたのだろう。思い通りに事が運ばなかった隆輔は未練の残る顔で、悔しそうにガス台を離れる。
「おはようございます」
か細い挨拶と共に顔を覗かせたのは、樫村祐二だ。唯斗と隆輔が料理をしている様子をちょっと驚いた顔で見る。
「えっと……手伝いましょうか?」
「いいのか? 頼むよ」
唯斗が笑いかけると、樫村は恥らったように視線を移ろわせ厨房に入って来た。
遠慮がちに、まな板の上に乗ったキュウリを切り始める。リズミカルな音と共に、キュウリは瞬く間に綺麗な薄切りに化けていく。
「へぇ、手付きいいな」
「そ、そんなことないですよ」
謙遜しているがその流麗な手際を見ると、おそらく相当慣れているのだろう。
感心して見守る二人の前ですべての野菜を一分で切り終えた樫村は、今度はフライパンに火を入れパンに挟む薄焼き卵まで手早く作ってしまう。隆輔などはその魔法のような技をポカンとみつめながら、感嘆の声を上げる。
「すごいな。どこかで習ったのか?」
「や、そんな……ただ、好きなだけですから」
「好き? 料理がか?」
「はい……というより、作ったものを食べてもらうのが好きで。おいしいものを食べると誰でも笑顔になってくれるから。それが、僕には嬉しくて……」
唐突に言葉を切り、余計なことを言ってしまったという顔で樫村は俯く。
人と目を合わせないのは、対人恐怖症気味なのだろうか。背は高いが痩身で色白なので幾分不健康な印象を与える。顔立ちは整っているしシルバーフレームの眼鏡も似合って知的に見えるが、オドオドした自信なげな態度がそれをぶち壊しにしている。
和彦のような我の強いいじめっ子気質の者は、確かに見ているだけでイライラするだろう。
「樫村」
「は、はいっ?」
叱られるのではないかと身構えるようなビクつき方だ。唯斗は思わず苦笑してしまう。
「俺達に敬語はやめろよ。同級生なんだから」
「あ、は、はい。や、すみません、じゃなくて、ごめん」
顔を赤くししどろもどろになる様を見て、昨夜の夢で取り戻した記憶が甦る。
「樫村さ、俺と話したことあるよな。ずっと前だけど」
パンを切る手が止まり、ハッとした顔が振り向けられた。過剰な反応に唯斗も少し驚く。
「去年の夏に、駅前で。覚えてないか?」
「ごめん、覚えてない」
そっけない一言が返ってきた。それ以上はその話題に触れたくないとでもいうように、樫村は唇を噛み締め一心に包丁を動かしている。
確かに本人にとっては蒸し返されたくないばつの悪い記憶なのかもしれないと気付き、唯斗もそれ以上こだわるのはやめにした。
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