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第10話

***  朝食を済ませた後、自宅が西方面の和彦、勝と東の駅方面へと向かう唯斗、隆輔に分かれて行動を開始することにした。  唯斗は隆輔に、学校から遠い2人の方が危ないのでそちらに同行してほしいと頼んだが、隆輔は頑として聞き入れず唯斗と行くと言って譲らなかった。唯斗の頼みはよほどのことがない限り聞いてくれる隆輔にしては珍しかったが、唯斗自身は秘かに安堵していた。  隆輔が隣にいてくれるだけで安心でき、力が湧いてくる。それはいつどんなときでも変わらなかった。  駐輪場から鍵のかかっていない自転車を人数分拝借した。当然無断借用だが今は非常事態だ。持ち帰る荷物のことを考え、前と後ろに荷台のついている家庭向けなタイプのものを選んだ。  校門で別れ西の方向に消えて行く2人を見送ってから、唯斗と隆輔は逆方向に走り出す。駅前のスーパーで食料の調達をするためだ。  今日も暑くなりそうな熱気の中ペダルを踏みながら、無人の町というのがこれほど普段と違った印象を与えるものかと驚く。道路も建物も何一つ変わってはいないのに、動いている人や車がないだけで町全体が死んでしまったかのように見える。  隆輔がいてくれるからいいが、もし一人だったら精神的におかしくなってしまったかもしれない。衣擦れ一つも響くほどの深い静寂は、騒音に慣れきった現代人の心を逆に不安にさせるものだ。  町はただ人がいないだけで、他にこれといった異常は見当たらない。澄んだ空には真夏の入道雲がポッカリ浮かんでいるが、鳥は一匹も見えない。 「ユイ、食料調達が済んだらおまえのうちに行ってみよう」  並走している隆輔が突然言った。唯斗はハッと相手を見返す。涼しげな瞳はまっすぐ前方を見つめたままだ。 「べ、別に俺は……」  唯斗の自宅は駅一つ先だ。自転車なら10分で着ける。  家族が心配で胸が張り裂けそうになっていることは、言うべきではないと感じていた。リーダーである自分が個人的な希望や弱気な感情を口にしてしまったら皆が不安がるかもしれないと、どこかでそう思っていたのだ。  この外出も食料調達と状況確認が目的で、それを終えたらすぐ合宿所に帰るつもりだった。残して来た哲也と樫村のことも心配だ。 「それほどの距離じゃないし、着替えとか必要な物があれば取って来た方がいい」  いかにも急に思い付いたかのようにさりげなく付け足しながらも、きっと隆輔は唯斗の本心をわかっているのだ。  自分だって家に帰りたい――そう思いながら言い出せなかったことを。 「うん……サンキュ」  頷いてから小さな声で礼を言った。聞こえたかどうかはわからなかったが、盗み見た横顔の油断なく引き結ばれたその口元が、少し和らいだ気がした。

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