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第15話
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路地に飛び込むとき放り出した自転車は、案の定大破していた。
いつあの巨大生物が再び襲って来ないとも限らない町を用心しながら徒歩で学校に帰り付いたときには、出発してからもうゆうに3時間を経過していた。
校門をくぐった途端緊張の糸が切れ、唯斗は崩れるように地面に座り込んでしまった。心身共に疲れ切って、もう指先一つ動かすこともままならなかった。
「大丈夫か」
隆輔の手を借りて、やっとなんとか立ち上がる。
「おかえり。随分遅かったね」
窓から見ていたのか、校舎の方から出迎えに出て来た広樹が、二人の尋常ではない表情を見て言葉を飲み込む。
「まさか、何かあったとか?」
「そのまさかだ。テツの言ってたヤツがいた」
まだしゃべれない唯斗の代わりに隆輔が答えると、広樹は訝しげに眉を寄せた。
「何だって?」
「見たこともない怪物だ。体長二十メートルはある蛇とムカデに似たヤツだった」
大真面目な隆輔の言葉に広樹はポカンと目を見開いてから、クックッと喉の奥で笑う。
「リュウがそういう冗談を言うのは珍しいな。俺が騙されて怖がるとでも思った?」
「ヒロ、冗談じゃない、本当なんだよ!」
唯斗がかすれ声で叫ぶと、さすがに広樹の笑いは止まる。
「あのっ……」
緊迫した空気を破ったのは、切迫した声だ。合宿所の方から駆けてきたらしい樫村が、汗を拭き息を切らせている。
「来てください、岩倉君が……」
震える人差し指で合宿所を示すその表情は青ざめ、唇は震えていた。
「っ……」
嫌な予感に疲れも吹っ飛んだ。唯斗と隆輔は即座に駆け出す。少し遅れて広樹も続く。
樫村について食堂に飛び込むと、和彦が手足を投げ出した格好で、茫然と椅子に座っていた。その表情は虚ろで、とても普段の気丈で陽気な彼のものとは思えない。
そして、勝の姿はどこにも見えない。
「マサがやられた……」
その姿を探し視線を移ろわせる唯斗の耳に、和彦の力を失った抑揚のない声が届いた。
言葉の意味をとっさに理解するには、唯斗の精神は余りにも疲弊しすぎていた。
「やられたって、まさか……」
「あいつが、出やがった。テツの言ってた化け物、本当にいやがったんだ! 家戻って、ここに帰る途中で襲われた。マサは俺の後ろを走ってて、ヤツに飲み込まれちまったんだと思う。逃げるのに精一杯ではっきり見たわけじゃねーけど、きっとそうだ!」
和彦は顔を伏せ拳でテーブルを叩く。
自分の周囲の世界が急に現実味を失っていく感覚に、唯斗は足元が揺らぐのを感じた。
やはりこれは夢だ。昨日からずっと、覚めることのない悪夢を見続けているのだ。
倒れそうになった体が力強い腕に支えられ我に返る。支えてくれた隆輔の顔も色を失い、今は動揺を隠せない。
「実際見たわけじゃないならまだわからないぞ。マサはすばしっこい。逃げてどこかに隠れてるかもしれない」
隆輔の言葉に反論する者はなかった。
その可能性が低いとはわかっていても、希望があるならすがりたいのが全員の気持ちだ。ただはっきり同意を示すには、聞いた状況はあまりにも絶望的すぎた。
「一体何なんだよ、あの化け物は!」
和彦の叫びが食堂全体を揺るがす。それはおそらく全員の胸の内に共通の疑問であり、当然誰一人答えられる者はいなかった。
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