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第16話
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重苦しい空気が合宿所全体を覆い尽くしていた。
勝を目の前で失ったことが相当ショックだったのだろう。常に部のムードメーカーとして場を盛り上げる役だった和彦も、今や虚ろな目で宙をみつめ黙りこくるばかりだった。
まるでそうやって時を過ごしていれば、この悪夢が自然に終わってくれると思い込んででもいるかのように。
話によるとどうやら怪物は、唯斗達を襲った後で和彦達の前に現れたらしい。襲われた時間にそうズレがないところを見ると、その移動速度は相当なものと思われた。
学校は周囲を高さ3メートルの塀でグルリと囲われている。城砦まがいのその塀は刑務所さながらで、閉鎖的にもほどがあると生徒達には不評だったが、今回ばかりはいくらか役に立ちそうだ。
もちろん巨大生物がその頑丈なコンクリートの塀を壊すか乗り越える能力があるとしたら、校内にいても安全は保証されない。
だが何の防御壁もない外に出るよりはましだろうという隆輔の言葉にはさすがの広樹ですら異を唱えず、今は全員が合宿所内で、来てくれるかもわからない救援隊を待ちわびる状態だった。
各自自室に引き上げた後、隆輔は校内を点検すると言い残したまま姿を消している。じっとしているよりは、何でもいいから動いていたい性分らしい。姿の見える所にいてほしいと思うのは唯斗のわがままであり、気が弱くなっている証拠でもあった。
見張りの名目で一人ミーティングルームに戻った唯斗は、漠然と窓の外を見やりながらもの思いに沈んでいた。
勝がやられたと聞かされても全く実感が湧かない。こうしている今だって、あののんきな顔がひょいと戸を開けて現れそうな気がする。何日か前には確かに隣にいたはずのあの屈託のない笑顔を二度と見られないなどと、そんなこと到底信じられない。
勝のことを聞いたとき真っ先に浮かんだのは、自分のせいだということだった。最終的に帰宅を許可したのは、他ならぬ唯斗なのだ。
良心の呵責に耐え切れず、懺悔のようにそのことを口にしたとき、それは違うと隆輔は否定してくれた。
しかし己の中の自責の念はどうしても消えてくれない。誰も自分を責めようとしないだけに返っていたたまれず、後悔の矢が胸をジクジクと刺し続けている。
あのとき何が何でも外出を禁じていたら、こんな悲劇は起こらなかったはずだ。
ただ、今それをうだうだ悩んでいてもどうしようもない。逆に果てしない深みまで落ち込んで、這い上がれなくなってしまう。
償うならすべてが終わってからだ。今はまだ、やるべきことが他にあるはずだった。
「ユイ、入るよ」
部屋の戸が開き、広樹が顔を覗かせた。
「今いいだろ?」
そう言えば出かける前、何か話があると言っていたことを思い出す。
誰かと話をするような気持ち的な余裕は正直なかったが、平静なようでいて広樹も不安なのかもしれないと思い、唯斗は頷いた。
広樹は壁にもたれ座り込んだ唯斗の正面に腰を下ろす。
「ヒロの方は何かわかったのか? 図書室で調べものをしてたんだよな」
部長である自分が動揺を見せるわけには行かないと、唯斗は気丈な声で聞いた。
「いや、残念ながら」
広樹は軽く肩をすくめる。
やはり実際化け物に遭遇したわけではない彼は、唯斗達ほどはショックを受けていないように見える。
「ユイ、気を悪くしないでもらいたいんだけど、俺は君達の目撃した怪物というのが、実在するとは信じられないんだ」
広樹は少しためらってから、困ったように言った。
「っ……俺だって、テツから聞いたときは信じられなかった。でも現にこの目で見たんだぞ」
唯斗の剣幕を宥めるように、広樹は軽く手を上げる。
「わかってる。ユイがその怪物を見たのは事実だろう。でも、はたしてそいつは本当にいるのかな。君達全員がそいつがいるように錯覚する、何か暗示をかけられたってことも考えられないか?」
「どういうことだよ? あれが、錯覚だったっていうのか?」
広樹は頷いた。
確かに冷静に戻ってみると、あんな巨大生物が街中をうろうろしているのはおかしい。幻覚を見たのではないかと言われれば、そんな気もしてくる。
だが、目の前を通り過ぎていったあのおぞましい姿、触感まで伝わってくるような細部に至るまでのリアルさは、自分の頭の中で作り出されたただの映像だとは、やはりどうしても思えないのだ。
「でも、もしそうだとしても、俺達4人全員が同じような幻覚を見るなんて、どうしてそんな現象が……」
「それを今調べてるんだけど、なかなかヒットしなくてね。ただ、ちょっとひっかかることはあるんだ」
「ひっかかること?」
「樫村だよ」
広樹が少しだけ声をひそめる。
意外な名前が出て、唯斗は思わず目を見開いた。
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