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第17話

「樫村って……あいつの何がひっかかるんだ?」 「学校から町の人間まですべてが消えてたのに、なぜ彼だけが残ってるのか。樫村は俺達の中で唯一の部外者だ。そこに何かあるんじゃないかってさ」    俯いて控えめにしゃべる、存在感のない姿を思い出す。人畜無害を絵に描いたようなその様子は、間違っても町の人間すべてを消滅させてしまうような大それた事件に関わっているようには見えない。 「まさか、あいつが俺達を暗示にかけているとか、そういう……?」  いささか呆れた声で問い返すと、さすがに広樹も苦笑した。 「いや、そういうことじゃなくて、彼がいたっていうパソコン室と何か関係があるかもしれないとか、そういうことも含めて考えてる。これからも引き続き調べるよ。学校の守りを固める方は、武闘派に任せてね」    実在するかもわからない怪物が襲ってきたときに備え、校内を見回っている隆輔のことを皮肉る口調に、唯斗は軽く相手を睨んだ。 「怒るなよ、ユイ。でもきっと最後には、俺の方が君の役に立つってわかるよ」  声に甘さが混じり、男にしては綺麗な細い指が伸ばされる。  唯斗は軽くそれを振り払う。 「触るな」  多少心細くなっていたとはいえ、広樹を部屋に入れたことを唯斗は後悔する。まさかこんな緊迫した状況下でも、いつもどおりアプローチしてくるとは思わず油断した。 「そう冷たくしないでくれよ。こう見えて結構本気なんだよ? ユイが好きだ」  いつもは軽口めかしてだったが、はっきりと真顔で好意を告げられたのは初めてだった。 「ヒロ、マサがどうなったか知ってるだろう? それなのに今そんな冗談……」 「冗談じゃないさ」  広樹にしては真剣な口調に唯斗は思わず相手を見返すが、思いがけない真摯な瞳とぶつかってすぐに逸らした。 「むしろこんな状況だから、言いたくなったってこともあるかな。いつも君は大勢の人に囲まれてるから、2人きりになれるチャンスが少ないしさ。普段は気丈でしっかりしてる君がちょっと弱ってるとこを見て、グッときたというのもあるな」    口調は相変わらず冗談めかしているが、本気で口説きにきているのがわかる。  サッカー馬鹿の唯斗は恋愛事に奥手で、告白自体はよくされるのにうまくかわすスキルがない。特に、プレーヤーとして信頼している仲間が相手ではやりづらい。 「ヒロ、こんなときに不謹慎だぞ」  動揺を落ち着かせ相手をキッと睨みつけ、意識して毅然とした口調で言った。 「大体俺は男だ。おまえはどうか知らないけど俺は、同性相手にそういうのはあり得ないから」  嘘をつくたびに、胸のどこかがジクジクと痛む。そうやって隆輔への想いを否定するごとに、自己嫌悪は深くなる。  広樹はそんな唯斗の無理を、まるでわかっているようにクスリと笑った。 「好きになるのに性別なんか関係ないと思うけど? ユイは『いい子』過ぎて、ちょっと堅苦しく考えすぎだよ」 「なっ」  強引な手が伸ばされて、緊張した肩を掴んだ。力は広樹の方が強い。びっくりしている間になす術もなく引き寄せられてしまう。 「ヒロっ、放せ! いい加減にしないと本気で怒るぞ!」 「静かに。周りが静かだから大声は響くよ? 外にいるリュウのところまで、届くかもしれない」 「っ……」  どう言えば唯斗がおとなしくなるかよくわかっている広樹を、きつい目で睨み返す。同時に、ふわっとくるむように抱いてくるその腕の感触と、怪物から逃れ隆輔に強く抱き締められたときの感触を比較してしまう自分が、急に汚らわしいものに思えてくる。 「ユイみたいに白黒二択、みたいな性格だと、恋愛も何かと不自由じゃないか? 視野が狭いと相手も縛り付けるだろうし、もっと適当になった方がいいよ」  甘い声に心がかき乱される。  そうなのだろうか。  確かに最近は隆輔のことばかり考えて、そのことで一喜一憂し悩み続けている。  自分の気持ちを認められないでいるくせに、もし認めてしまったらそのことだけでいっぱいになってしまいそうなのも怖い。ただでさえ世間的に受け入れられない荊の道なのに、突っ走って挫折したら完全に心が折れてしまいそうで自信もない。  そうだ、本当は自分の気持ちに向き合って覚悟を決めるのが怖いのだ。だからといって広樹の言うように、適当に恋愛するなどということは唯斗にはできない。  抵抗を止めた唯斗の惑いを感じ取ったのか、広樹はその耳元に唇を寄せてきた。 「男同士だって気持ちよくなれるんだよ。ひとときだけど不安も忘れられる。試してみないか?」  回された手が背中をなぞるように下りていく。唯斗は反射的に広樹を突き飛ばし立ち上がった。 「結構だ。ヒロ、もう一度はっきり言うけど俺にはその気はないからな。今後一切そういうことで俺に近付くなよ。次は殴る」  そのまま振り返らずに部屋を出て行こうとしたところで、 「悪いけど、俺は俺の好きなようにさせてもらうよ」  と、苦笑交じりの広樹の声が届いてきた。 「ユイが誰かのものにならないうちは、何度でも隙を狙うからね」  返事もせず、唯斗は自分の迷いから逃げるように部屋を飛び出した。  いつかは広樹にこんなふうにアプローチされるだろうとは思っていたが、弱っているときを狙ってくるとは迂闊だった。それもこれも隆輔がそばにいてくれないからだ、などと八つ当たり的に思ってしまう。思ったそばから隆輔への甘えを自覚し、さらに自己嫌悪に陥る。  とにかく今は、そんな個人的なことで頭を悩ませているときではないのだ。  唯斗は首を振り広樹の面影を追い出すと気持ちを引き締め、哲也と樫村のいる部屋へと向かった。広樹の話で樫村の名が出てきてひっかかっていたのと、哲也の様子も見に行きたくなったのだ。

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