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第26話

 グラウンドを突っ切り合宿所へ戻る途中だった。  広樹と隆輔が何か激しく言い争いながら、校舎から出てくるのが目に入った。  片手に持ったものを振り回しながら声を荒げる広樹を、隆輔が引き止めているふうにも見える。いつも余裕の微笑を浮かべている広樹が、あんなふうに激昂するのは珍しい。  唯斗と視線が合うと広樹は踵を返し、険しい顔付きでこちらに向かって来る。 「ユイ、おかえり」 「ヒロ、聞いてくれ、実は……」 「カズのことなら聞いた。でももう恐れる必要はないよ。謎は解けたからね」  自信満々の微笑で言って、広樹は射すくめるような視線を樫村に流した。 「樫村、君に説明してもらいたいことがある」  その目には、いつもの広樹のものやわらかな表情はない。  鋭い視線に萎縮する樫村を、唯斗は反射的に背にかばう。普段は草食系な広樹だが、キレると意外にも暴力的になることを知っているからだ。 「え? ヒロ、一体なんだ?」 「いいから。俺は、彼の話を聞きたいんだ。ユイ、どいて」  広樹の目は真剣だ。  説明を求め見上げた隆輔も、眉を寄せ首を横に振るだけだ。 「ヒロ、落ち着けよ。樫村が何だって?」 「俺は落ち着いてるよ。ユイ、謎は解けたと言っただろう? 俺達が今こんな世界にいる理由は、おそらく彼が知っている。そうだよな?」  糾弾するように人差し指を突き付けられ、樫村は青ざめ棒立ちになっている。  隆輔が困惑顔で口を挟んだ。 「ヒロ、おまえのことだから根拠もなく人を疑うことはないだろうが、いきなり決め付けて問い詰めるのは納得できない。樫村が一体何をしたっていうんだ?」  隆輔に意見され、広樹の表情が見るからに険しくなる。 「だから、それを聞きたいんだよ。根拠が必要なら出そうじゃないか。これを見てもらおう」  広樹はそう言って、右手に持っていたものを二人に突き付けた。  それは携帯用ゲーム機だった。  血の滲んだような赤い文字が、画面一杯に浮かび上がっている。『Another World・by・Y・KASHIMURA』と読める。 「この『Another World』という作品は、樫村が自作したゲームだ。よく見ててくれ」  画面が切り替わり、デモムービーが流れる。  唯斗と隆輔は思わず目を瞠った。  小さな画面一杯に、グロテスクな怪物が浮かび上がっている。  肥大した頭、大きく開いた口、のぞく鋭い歯、黒い鱗に覆われた胴体に赤黒い無数の脚。  ゲームとは思えないそのリアルな画像は真に迫り、素人の作品とは思えないレベルの高さだ。  画面が切り替わり町中の風景になる。逃げ惑う人々を、巨大生物が追い回している。プレーヤーが操作するのだろう主人公らしき人物が銃を撃つと怪物のHPは減るが、敵も長い舌を振り回して応戦する。  最後には主人公はその大きな口に飲み込まれ、画面には『GAME OVER』の文字が表示される。  画面上を移動する怪物の姿、動き、そのすべてに見覚えがあった。どこからどう見てもそれは、例の巨大生物そのものなのだ。  どういうことかわからず、唯斗は混乱する。 「一体これは……」 「ユイ、前に話したよね。この町に残った人間の中で、部外者は樫村だけだって。最初俺はあのパソコン室に何か秘密があるんじゃないかと思ったけど、何も発見できなかった。それで今度は、樫村個人を調べてみたんだ。それでみつけたのがこれさ。電脳研究会の部室にあった」 「あの怪物にそっくりだ。まるで、ゲームから抜け出てきたみたいに……」 「バカを言うな。あり得ないだろう、そんなこと」  呆然とした唯斗のつぶやきを、隆輔が即座に否定する。 「未来のことをどうやって樫村が想像できる? 過去に作ったゲームの中のモンスターがたまたま似てたとしても、それはただの偶然だ」  広樹が鼻で笑う。 「偶然? リュウ、まさか本気じゃないんだろうな? たまたま似てるってレベルじゃないことは一目瞭然だろう?」  勝ち誇ったように言いゲーム機を地面に叩きつけて、広樹は樫村に向き直る。 「さぁ、説明してもらおうか。一体俺達にどうやって暗示をかけたんだ? 催眠術? すごい腕を持ってるな、何人もに同じ幻覚を見せるなんて」  進み出る広樹から、空白の表情で立ち尽くしている樫村は数歩退いた。

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