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第30話
透明な壁を叩き壊し触れてほしくて、思い切って自分から唇を寄せ相手の頬に口付けた。
伸ばされる腕に背を抱き取られ、引き寄せられる。瞳を閉じ唇同士が触れ合った瞬間、感動で全身に震えが走った。
抱き寄せられるままに体を預け、求められるままに相手の舌を受け入れた。まだ明らかに緊張の残っている体は、口の中に未知の感覚を送り込んで来る巧みな舌にとろかされ、脱力していく。
キスだって、女の子と触れ合う程度のものしかしたことのない唯斗は、震える唇の合わせ目をくぐり歯列を割って入り込んでくる隆輔の舌になすすべもなく翻弄される。寡黙な男のこれまで抑えていた想いが、強引な舌の動きに乗せられているような気がしてくる。
「んっ……ふっ、リュウ……」
一瞬離れた唇で相手の名を呼ぶと、背に回された手に力が込められ意識が朦朧としてくる。
どうすればいいのかわからず震えている舌を捕らえられ、なぞられ吸われるたびに、知らなかった熱がどんどん中心に集まってきて、唯斗の頬を熱くする。
あまり密着していると気付かれてしまうと思いながらも、少しでも離れていたくなかった。
相手が身を離そうとすると引き止めて、何度もキスを繰り返した。
触れ合うことが嬉しくてどうにかなりそうでも、嬉しいと感じるそのこと自体に罪悪感を覚え、どうすればいいのかわからないほど溢れ出す気持ちに一杯一杯で泣きそうになってくる。
いつのまにか無意識にしっかり相手にしがみついていた唯斗から、隆輔はそっと身を引いた。
嫌だと、離れないでほしいと口に出すこともできず、ただ焦れた瞳で見上げた相手の表情は困惑している。
これ以上進むことに迷いを感じている表情だ。
「ユイ……」
聞いたこともないくらい切なげな声で名を呼ばれ、背筋が震える。
隆輔の首がおもむろに横に振られた。駄目だと言っている。その瞳に見えるのは深い罪の意識だ。
しかし、2人でいられる時間がもうそれほど長くはないことを、今の唯斗は知っている。夜が明けたら自分がすべきことが、なんとなくわかっている。
理屈ではなく、呼びかけてくるものを感じるからだ。
明日、唯斗のことを呼んでいる『何か』に対して行動を起こしたら、その後はどうなるか全く想像がつかない。
もしかしたらもう、隆輔とは永遠に会えなくなるかもしれない。
「今しか、ないから」
唯斗は隆輔から目を逸らさずに、はっきりと告げた。
抱いて欲しい、と言葉にすることは勇気がなくてできないが、遠回しなその一言だけでわかってほしかった。
見開かれた隆輔の瞳から迷いが消えた。ためらいのない強い力で抱きすくめられて、唯斗は思わず息を吐いた。
「チクショー、ずっと我慢してきていい加減もう限界だ。欲しい。おまえが、全部欲しい」
隆輔の切羽詰まった囁きが耳朶を打ち、体が悦びに震えた。
「罰が下るなら、全部俺が受ける」
違う。
背負うなら2人、地獄へ行くのも2人一緒だ。もう離れ離れにはなりたくない。
「リュウ……」
想いを込めて名を呼んだ。
それだけで瞳が潤んできた。
想いが通い合うことへの嬉し涙か、今夜しか共にいられないかもしれないことへの悲しみの涙か、唯斗本人にもわからなかった。
頬を伝う涙を、隆輔の唇が拭う。そのまま頬から首筋へと口付けを落とし、脱力した体を横たえられる。
制服のシャツをはだけられ、唯斗は反射的に相手の手を握って止めた。
「あ……まだ、シャワーを……」
「そんなのはいい」
あっさりと遮られ、か弱い抵抗は封じられてしまう。
「いつも思ってた。おまえは、いい匂いがする」
首筋に顔を埋めたまま、隆輔が囁いた。
「どんなに練習して汗まみれになっても、この香りは消えなかった。何の香りだ?」
「そ、んなの、わからないって。何もつけてないしっ」
鎖骨から胸元へ、隆輔の唇が音を立てて所有の印を残して行くたび、そこから広がる甘い感覚に声が上がりそうになる。せめてそれだけは堪えたくて、唯斗は唇を噛み締める。
恥ずかしさもあるが、いなくなった仲間の顔を思い浮べると、思う存分快感を貪ることはどうしてもできない。
ボールを自由自在に扱う頑丈な骨太の指は思いのほか繊細で、唯斗自身も知らなかった未知の感覚を呼び覚ましていく。
頬から首筋、胸にかけて丹念に触れ、いたずらな口づけと共に唯斗の体を跳ね上げさせる。
「は、ぁ、リュウ……っ」
どうしようもなく息が上がり、もう堪忍して、とつぶやきかけた唇に軽く口付けられた。
「ユイは感じやすいな」
感じている顔を至近距離でみつめられ、頬がカッと熱くなる。
目の前の隆輔の瞳はいつもの優しさだけではなく、試合中にたまに見せる獰猛な狼のような色も湛えていて、激しく求められている悦びが唯斗の未熟な欲情を刺激する。
恥ずかしがって目を逸らす仕草が、逆に相手を煽ったのかもしれない。自分では触れたこともない胸の先端を、隆輔の指が形をなぞるように触れてきた。
「あっ……や……っ」
必死で抑えていた声が、思わず上がってしまう。
指は細やかな動きでやわらかな胸の突起を刺激し、その形を変えていく。丹念に舌でこすり上げられ軽く歯を立てられると、背筋に甘やかな電撃が走り、唯斗は思わず身をよじった。
「っ……」
唇を噛んで声を殺し、両手で隆輔の頭を抱え素直に快感を訴えると、愛撫はさらに遠慮がなくなる。片方をきつく吸い上げられ、もう片方は指で摘まれ、唯斗は吐息と共に首を横に振り続ける。
「は、ぁ、リュウ、も……っ」
もうやめて、と訴えようとする声も自分でも驚くくらい甘く響いて、相手を煽る結果にしかならない。
体のラインをなぞるように降りた隆輔の手が、制服の上からすっかり昂ぶったものに触れてきた。布を隔てていても相手の手のひらの熱さが伝わってきて、気が遠くなりそうになる。
ずっと拒んできた相手に剥き出しになった欲望を知られてしまう恥かしさに、唯斗は泣きそうになるが、そこを何度も愛しそうに撫でてくれる隆輔の手が、内心の悦びを伝えてくれる。
「ユイ……気持ちいいのか」
「こ、こんなふうに触られれば、当然だろ」
軽く睨むと微笑と共にキスが降りてきて、恥ずかしさや緊張を取り去ってくれた。
「そんな色っぽい顔されると、本当に歯止めが利かなくなるぞ」
熱っぽい目でみつめられ囁かれると、恋愛事に慣れていない唯斗はどうしたらいいのかわからなくなる。ただ想われている嬉しさだけが体中を満たし、もっと触れてほしいと素直な欲情が湧いてくる。
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