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第31話

 形を確かめるように前を撫でていた指が下に滑り、布越しに後ろの入口に触れてきた。 「……いいか」  その一言だけで、何を求められたかは奥手の唯斗にもわかった。  隆輔に触れられたいと思ったことはあっても、繋がることをリアルに想像したことはなく、予備知識も薄く不安は募った。  それでも、拒みたいとは全く思わなかった。  頬を染め、わずかに顎を引いて答える唯斗を、隆輔は愛しげに目を細めみつめる。  器用な指がベルトにかけられ、はずされる音がなんだかやけに響く。下着ごとズボンを足から抜き取られると、微かな羞恥と共にひどく心許ない気持ちになった。  互いを意識し始めてからは、練習後のシャワーの時間もずらしたりしていた。ありのままの姿をさらすのは久しぶりだ。  明りは窓から入って来る月光だけだったが、その淡い光に照らされている自分の体が相手の目にどんなふうに映っているのか不安になる。  恥じらいといたたまれなさに閉じる瞳。瞼に降りる熱いキスが、高まる熱情を伝える。  衣擦れの気配の後、服を脱いだ隆輔の広い剥き出しの胸に抱き取られ、唯斗は思わず息を詰めた。ずっと憧れてきた逞しい胸に今守られているのだと思うと、泣きたいくらい嬉しくなった。  直接触れ合う肌の間に、さらに新たな熱が生まれる。腰のあたりに当たる高ぶった相手の欲望を感じ、唯斗の心をがんじがらめにしていた枷も徐々に外されていく。   隆輔の手が細部の形まで確認するように何度も脚を往復するのが、体の奥の熱を煽り立てもどかしい。  ピッチを自在に駆ける脚を、もしかしたら彼は気に入ってくれていたのだろうか。気付かなかったが練習中もそんな特別な目でみつめられていたのかもしれないと思うと、恥ずかしさの中にも嬉しさが高まってたまらなくなる。 「ぁ……あぁ……」  その指がやっと待ちかねた中心にかかったときには堪えていた声を思わず上げ、身をよじってしまった。  指は繊細な動きで、唯斗の反応を見るようにしながら、ほとんど弾けそうになっているそこを擦り上げる。おかしくなりそうなくらい気持ちがよすぎて、唯斗は快感に耐えるように首を振る。    これまでだって自慰のときに、隆輔の手を想像したこともないとは言えない。それでもそのたびに相手を汚してしまうように感じて、自分の中の誤った欲望を戒め面影を打ち消してきた。  愚かだったと思う。  こんなに感じる相手は世界でたった一人、隆輔だけだ。相手が隆輔だから、体と共に心まで満たされるのだ。  この手に触れられることは、自分にとってかけがえのない、必要なことだったのだ。  必死で守って来た壁が、余りにも呆気なく崩れていく音がする。罪悪感と羞恥心に強張っていた体は満たされる官能に次第に開かれ、すべての細胞が彼の指の動きを感じ取ろうと疼く。 好きな相手と体を重ね合うことがこんなに素晴らしいものなら、どうしてもっと早く受け入れてしまわなかったのだろう。 「や、ぁ、リュウ……っ、もうっ……」  茎から先端にかけて何度も強めに弄られ、唯斗は耐え切れずその手に欲望を放った。信じられないくらいの快感の波が襲い、怖くなって相手の背にしがみつく。  しっかりと抱き返し、達した余韻に脱力している上体を慈しむように撫でてくれながら、隆輔はそっと手を後孔に伸ばしてきた。自分の吐き出したものをそこに塗り込められる感覚に、我知らず体が緊張した。  唯斗が体を固くした気配を感じたのか、隆輔の手が止まる。  いつどんなときでも、彼は唯斗の嫌がることを絶対にしない。こんなときくらい強引になってもいいのにと秘かにじれったく思いながら、その広い背に回した手に力を込めることで意思を伝える。  隆輔は深く息を吐くと、固くなった唯斗の胸に口付けを落とし不安を宥めながら、しなやかな脚を掬い上げ開かせる。秘所を余さず見られる恥ずかしさは一瞬で、入口から忍び込んでくる指の感触に、唯斗は全身を強張らせた。 「っ……」  想像したほどの痛みはないが初めての感覚に慣れず、嫌がる腰が自然に引けてしまう。  隆輔の力強い腕は逃げそうになる体を許さず、それでも優しすぎるほどの動きで指を沈めてくる。  体に当たる彼自身の状態を思えばすぐにでも欲望を解放したいに違いないのに、唯斗が慣れるのを辛抱強く待ってくれている。  早く楽にしてやりたい。  言葉で伝えられない分、繋がることで気持ちを伝えたい。  誰よりも、彼が好きだと。  そう思った途端緊張し切った体から余計な力が抜けた。隆輔の一部が自分の中に入っている感覚を、素直に全身で受け止めたかった。  唯斗の変化に気付いたのか、隆輔はおもむろに指を増やしてきた。  ゆるやかに中で動かされる感触は次第に、不快感とは明らかに違う感覚をもたらし、全く知らなかった新たな快感を連れてくる。ボールを掴むあの指が、今正に自分の中に埋められているのだと思うとさらに感じてしまう。 「あ……あっ」  中を擦られるたびに微かな声が漏れ、無意識に締め付けてしまうのが恥ずかしくていたたまれないが、体が自然に反応してしまうのは止めようがない。  出し入れされる指はもう何本になっているのかわからない。現実から意識が切り離されたようになって、気持ちよさに頭が朦朧としてくる。  言葉の代わりの合図のように、隆輔の手が髪を撫で瞼に軽く口付けが降りて来た。そして指とは比べ物にならない、もっと大きく熱いものが入口にあてがわれるのを感じた。 「っ……」  それがじわじわと体内に侵入してくる感覚に、唯斗は思わず唇を噛み締める。  無理矢理体が開かれるつらさはやはり指とは比較にならず、十分慣らしたとはいえ半端のない圧迫感で、唯斗は隆輔の背中に爪を立てる。  体内を異質なものに貫かれる違和感はあったが、宥めるように胸や中心に愛撫を繰り返してくれる隆輔の手を感じていたので不安はなかった。  相当な時間をかけて、隆輔が体の動きを止めた。そのすべてを唯斗の中に収めきったのだろう。  羞恥からずっと閉じていた瞳を開けた。上から見下ろしている隆輔と目が合う。快感に耐えわずかに眉を寄せたその表情が、たまらない色気を感じさせ胸が高鳴る。 「リュウ……っ」  誓いを破って、好きと言ってしまいそうになる。体中を駆け巡る想いは、言葉にして逃がさないともう爆発してしまいそうだった。  隆輔の目が切なげに細められ、その口元はわかっていると言いたげに微笑を刻んだ。  体に埋め込まれたものが、相手の鼓動を送ってくる。自分のものもそれにシンクロして、まるで一つになってしまったかのようだ。  今まで拒んでいたことが不自然なくらい、それは唯斗にとって決して失えない大切な脈動だった。 「動くぞ」  囁きと共に、ゆるやかな律動が始まった。 隆輔の体がゆっくりと引かれ、また突き入れられる。  繰り返されるたびに痛みは薄れ、何か違う感覚が取って代わる。まともな意識を持って行かれそうな体の快感よりも、目の前の隆輔の普段禁欲的な雰囲気からは想像もつかない恍惚とした甘い表情が、唯斗を高ぶらせる。    隆輔に気持ちよくなって欲しい。  今までの自分は彼に助けられ、与えられるばかりだった。だから自分があげられるものがあるのならば、思う存分貪ってほしい。  挿入された瞬間には一瞬萎えた唯斗自身は、抽挿の刺激により再び昂ぶり始めていた。隆輔の手がそれにかかり、ゆるやかに擦り出す。 「あ、あぁっ、リュウ……っ! や、ぁ……」  どうにかなってしまいそうな甘い快感に必死で耐えながら、唯斗はきつく目を閉じ隆輔にしがみついた。それに応えるように隆輔の動きが速度を上げ、唯斗は堪えきれず吐息と共に声を上げる。 「はっ、あぁっ」  全身を突き抜ける官能に、たまらず二度目の頂点を迎えると、否応なしに締め付けた隆輔自身も中で弾けるのを感じた。 「愛してる」  耳元で囁かれる声を夢心地で聞きながら、二度と離れられないほどしっかりと抱き合う。繰り返し襲ってくる絶頂の波の中、唯斗の意識は次第に遠のいていった。

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