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第2話
「そうやな。日本で暮らしてたら安全やな。でも僕としては少しくらい危機感持って生活するくらいのほうがええと思うこともあるんや。日本経済は厳しい状況やし、この先どんどんグローバル化していくのに、世界から取り残されるんちゃうかなって。娘も英語はそこそこ話せるようになってて、海外で就職もできるのにもったいない気がしてしまうねん。まあ、娘はべつにマレーシアにも好きで住んでたわけやないし、これも親のエゴかもしれんけどな」
伊藤の言いたいこともわかる気はした。
日本は91年のバブル崩壊後、地価が暴落し株価も一気に下落した。
当初は一時的な景気後退だろうと楽観視されていたが、数年たっても景気は回復せず、現在、大卒の就職は超氷河期と言われるほど厳しい状況だ。
伊藤の娘はまだ1年生だから就職活動する時にどうなっているかわからないが、現在の状況を見る限り、あまり好転しているとは思えない。
海外の大学に行って就職する方がいいのではと心配する気持ちもわかる。
「うちの父親もメーカー勤務で海外駐在してたんですよ」
「え、そうなんや。じゃあ上野くんも小さい頃から海外におったん?」
「いえ、赴任先がちょっと田舎だったらしくて。まだ俺が赤ん坊だったし、母が体が弱くて嫌がったので、父は単身赴任してました。だから俺は中国に留学したのが初めての海外だったんですけど、もし俺が選べるなら、連れて行って欲しかったと思いましたよ」
そうなっていたら、今とは色々状況が変わっていて、中国に留学はしていなかったかもしれない。
「そうなんや。まあお母さんの心配もわかるわ。医療体制が整っとらんと赤ちゃん連れて行くのはキツイやろうな」
「そうですよね。せめて幼稚園に行く年になってたらちがったんでしょうけど」
「小さい子はしょっちゅう熱出すし、言葉の通じん海外で子育ては不安やろ。うちは小学校に上がってたしクアラルンプールは大都会やったけど、それでも行く前は心配で色々調べたわ」
子供を連れて赴任する親はどこの国でも大変らしい。
「そう言えば、この前からちょっと歯が痛いなと思ってたんですけど、ご飯食べてたら詰め物が取れちゃって。その時中国人の友達が一緒にいたんですけど、いい気功師を紹介するって言われましたよ」
伊藤は笑い出す。
「それは気功では治らんやろ。紹介してもろたん?」
「はい。成り行きで」
すぐ近くに住んでいるからと酔っている友人に強引に連れて行かれてしまったのだ。
気功師のほうも突然やってきた外国人連れの友人に驚くことなく、親切に話を聞いて気功を処置してくれた。
孝弘の話を伊藤はおかしそうに肩を揺らして聞いている。
「やってもろたんや。どうやるん?」
「目の前に立って、両手をこう広げて「はあああーーーーーっ」って感じに気をぶつけてくるというか」
実際には何も感じなかったが、気功師は大まじめな顔で頑張ってくれていた。
「へえ。治った?」
「残念ながら」
気功師からは「私の力が及ばず申し訳ない」と言われたが、最初から気功では治らないだろうと思っていたからべつに腹は立たなかった。でも一生懸命やってくれたしおもしろい体験だったし、紹介してくれた友人ともども礼を言っておいた。
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