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第3話

「それで結局、歯はどうなったん?」 「次の日に、燕沙の歯医者に行って治療してもらいました」  燕沙友誼商場、通称ルフトハンザセンターにはドイツ人の歯科医がいるのだ。 「それならよかった。でもまじめな話、歯は大事にせなあかんで。ちょっと痛いと思たらはよ見てもらいや」 「はい。その歯医者にも定期検診に来るように言われました」 「うん。それがええで。海外におったら特に健康管理には気をつけなあかんよ。留学生はみんな若いから、そんなに気にせんやろうけど、僕くらいの歳になるとあちこちガタが来るで」  小太りの伊藤がため息をついたところに、店員が大皿を運んできた。 「串揚げ盛り合わせと照り焼きチキン、お待たせしましたー」 「ほら、食べて食べて」 「はい、いただきます」  次々と料理が運ばれてきて、しばらく世間話をしながら旺盛に食べた。質素な食生活を送っている貧乏留学生の孝弘に、駐在員たちは気前よくご馳走してくれる。  仕事場から近いこの店には、祐樹とも一緒に来たことがあった。  まだ忘れてないんだな。  あの時座ったのは、カウンター脇のテーブル席だった。  そんなことまで、覚えている。    祐樹はめずらしく日本酒を飲んでいて、孝弘は燕京ビールだった。  二人で揚げ出し豆腐や軟骨の唐揚げやもつ煮込みなんかを分け合って食べた。  孝弘はまだ祐樹への気持ちを自覚していなくて、ただ楽しい気分で中国ドラマや授業中の笑い話をしていた。祐樹はほろ酔いで、頬がうっすら染まってかわいかったと思ったことを思い出す。  祐樹はいま、広州支社にいる。北京からはいちばん遠い支社だ。もし遠距離恋愛していたら、飛行機で片道3時間半の距離を往復していただろうか。  そんなことを何度も考えた。  我ながら、しつこいと思う。あんなにはっきりふられたのに。  でも考えてしまうのだ。  最後の夜を一緒に過ごしてくれたのは、どうしてなんだろう。  まるで本当に気持ちが通じたみたいに甘くて熱い情交だった。  初めて触れた祐樹は、幸せそうに笑って孝弘を受け入れてくれた。  かわいそうで同情したから? 最後だから抱かせてもいいって思った? あしたが帰国だから、断るのが面倒で流されちゃった?  どれもありそうで、でも祐樹の性格を考えるとどれもしっくりこない。優しそうな顔をしていても、嫌なことは嫌だとはっきり言う人だった。  そうは言っても半年足らずのつき合いで、何もかも把握しているわけじゃない。酔っていてそんな気分だったとしてもおかしくはない。  祐樹が何を考えたかは知らないが、事実としては、孝弘にはひと言も言わずに帰国した、それだけのことだ。  

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