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第5話

「ここのおでん、うまいよな」 「はい。やっぱりおだしの味がほっとしますね」  こんな会話を祐樹ともかわしたな……。そんなことを思ってしまい、孝弘は頭を切り替える。 「じゃあ、伊藤さんとは初日の夕食で待ち合わせでいいですか? 19時ですよね」  北京空港まで迎えに行って市内の観光地を案内して、夕食の北京ダックの店で伊藤と待ち合わせるというスケジュールだ。2日目に万里の長城と郊外の観光、3日目にショッピングと雑技団を見に行き、4日目の昼には上海へ飛ぶので、空港まで送って行く。  それで孝弘の仕事は終わりだ。 「ああ、よろしく頼むわ。娘は中国は初めてやから、色々とびっくりするかもしれんから」  伊藤の苦笑いに孝弘は「お任せください」とうなずいた。  帰りのタクシーで三環路を走りながら、孝弘は工事が続く道をぼんやり見ていた。  孝弘が留学して来た頃は自転車も馬車も荷車も通っていたけれど、この数年で徐々に馬車やロバや牛が引く荷車は少なくなっている。  背の高い街路樹が並んでいた広い道路はここ数年で高架化がすすめられ、大きな街路樹が次々に掘り起こされている。  祐樹と一緒に歩いた三環路の歩道も地下道も、すでになくなってしまった。   ここしばらく、よく祐樹を思い出す。  気持ちが揺れているのは、来月から香港に行くからだ。  こちらの大学の夏休みを利用して、2ヶ月だけ広東語の集中講座を受けに短期留学する計画をたてていた。  香港から来た留学生と相互学習(フーシャンシュエシィ)して、広東語の基礎はすでに大体覚えている。北京語もそうだったが、広東語も発音がいちばん難しい。  これはやっぱり現地で体に発音を叩きこんだほうが早いだろうなと思って、しばらく広東語圏に行ってみようかなと冗談交じりに口にしたら、今の同室者のレオン・黄(ウォン)が「だったらうちに来れば?」と言い出したのだ。  レオンは香港出身でこの夏で留学を終える。  孝弘が本気で来るなら、夏休みはうちに泊まればいいと誘ってくれた。  広東語にどっぷりつかれる環境はありがたいけれど、そんな長期間、よそ様の家に泊まるのはどうかとためらったが、香港でもアッパークラスのレオンの家は部屋が余っているらしい。  ホームステイだと思えばいいじゃないとレオンは言い、本当に大丈夫かと家族に確認してもらったら家族も歓迎してくれたので、ありがたく世話になることにした。  

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