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ただ、触れたくて 3

「俺さ、想がピアノを弾くから指揮者に立候補したんだ」  手を繋げない代わりに、言葉をしっかり繋いだ。   「えっ、そうだったの? 意外だったけど嬉しかったよ。駿で良かった」  嬉しかったのか! その一言で北風を追い越せる勢いをもらった。  正直、合唱コンクールなんて興味無かったが、想が先生からピアノを頼まれたのを知り、即決した。 「想の相方になったら、合唱コンクールが面倒臭いという気持ちは吹っ飛んだよ」 「駿……僕も駿がいるから心強いんだ」  想が俺を優しい眼差しで見つめてくれるので、手先どころか身も心も最高潮にポカポカになっていた。 **** 「想、手袋持った?」 「うん」 「カイロも持って行ったら?」 「そうするよ。ありがとう」 「頑張ってね」  玄関先で、母がカイロの封を切って持たせてくれた。エレベーターの中で揉み込んでみたが、手袋を通してだと温度が伝わり難いので、素手でカイロに触れてみた。 「あったかい」  次第にポカポカと暖かくなってきた。そういえば駿の手も、いつもこんな風にポカポカだったな。あれは、きっと走り回っていたせいだ。でも今日はどうだろう? 慣れない指揮者のポジションに緊張していないかな?   それにしても運動好きの駿が指揮者に立候補するなんて驚いた。僕は運動が得意ではないので、もう昔みたいに同じことを一緒に楽しむのはないと思っていたので、嬉しかったんだ。  そうだ! このカイロは駿に渡そう!  そう決めると、カイロを握りしめる手に力がこもった。 (僕の温もりも一緒に届くかな?)  カイロを手渡した時、ほんの一瞬だけ駿と手が触れた。たったそれだけのことに、こんなにドキドキするなんて……僕、やっぱり変なのかな?  照れ臭い気持ちを、慌ててポケットに押し込めた。 そして本番。   「想、次、出番だな」 「うん……」 「あれ? 手が震えてるぞ」 「あっ……ごめん」 「馬鹿だな。俺にカイロ渡して手袋をしないから」 「そんなことないよ」  いつになく緊張してしまい、手先が震えているのは自分でも分かった。  それを見つかってしまった。  心が動揺すれば、震えは大きくなる。 「想、落ち着けって! 大丈夫だから、ほらっ」 「えっ」  駿が、僕の手を昔みたいにギュッと力強く握ってくれた。 「ええっとさ……部活で……試合の前にこうするんだ。頑張ろうぜって、エール! そう、エールだ!」 「あ、うん」  駿の温もりに触れたら心が落ち着いて、身体中に血が巡り出したよ。  ありがとう、駿! ****  今、舞台に立つ俺の手は、軽やかに張り詰めた会場の空気を掻き分けていく。  想の手に触れたからなのか。まるで魔法の杖のように、棒の先からメロディが飛び出る感じだ。  溢れる想いが、止まらない。  青い歌詞も揃わない歌声も、想の繊細なピアノがハーモニーへと導いてくれた。しかも俺が指揮棒を振るたびに、想が優しく微笑み、視線をしっかりと繋げてくれるのが嬉しくて、舞台の上には俺たちだけのメロディが広がっていくようだった。  どうしよう……俺、やっぱり、すごく、すごく、想が好きだ!  

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