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ただ、触れたくて 4

 クラスが意気投合したお陰で、見事なハーモニーが生まれた。  満場の拍手に包まれ、想と笑顔で舞台を後にした。  ところが興奮したクラスメイトに「駿の指揮、すげー! 声が腹から自然と出たよ」と揉みくちゃにされているうちに、想を見失った。 「あれ?」  ホールの座席に戻っても、想の姿だけ見えない。 「想、知らない?」 「あれ? そう言えば、まだ戻って来てないよ」 「何だって?」  喜びを分かち合いたかったのに。 「もしかして……あそこか」  よくオレが試合に負けて落ち込んでいると、想が慰めてくれた場所にいる。  以心伝心、想の凹む気持ちをレーダーのようにキャッチした。  想は予想通り、体育館の倉庫裏で膝を抱えて蹲っていた。  俺の興奮した気持ちとは真逆だな。 「想、どうした? 探したぞ」 「駿……僕……ピアノ、上手く弾けなかった」 「馬鹿だなぁ。あんなの、ほんの小さなミスだったのに」  想のミスは、本当に些細な箇所だった。ノーミスで完璧に弾くのも大切だが、俺たち二人で聴き手の心を揺さぶったんだよ。歌い手の声を引きだしたんだよ。それって、すごい力だぜ。 「ごめんね……駿も気になったよね」 「全然!」  それより緊張した薔薇色の頬と俺を見つめる甘い視線に、舞台の上で釘付けだったとは言えなかった。  想……笑って欲しい。  想……元気出して欲しい。  なぁ、俺に出来ることって、ないか。  そうだ! 「口を開けて」 「えっ……何?」  小さく開いた口に、妹が作ってくれたチョコレートを放り込んでやった。 「あ……甘いね」 「妹の試作品を恵んでもらったのさ」 「あっ、なんだ……そうだったのか」  甘い物に弱い想の頬が緩んだので、茶色の髪をクシャッと撫でてやった。 「やっと笑ったな」 「美味しいね。みきちゃん、上手になったね。最近会ってないけれども、もう中学生か」 「アイツはいつも口うるさいよ。……なぁ、それより今日がバレンタインだって知っていた?」 「えっと……コンクールに夢中で……」 「そっか、元気だせよ」 「駿はやっぱり優しいね」  その返事に、胸を撫で下ろした。  やった、セーフだ!  おそらく想は誰からもチョコレートを貰っていない!  いよいよ俺の初恋は、切羽詰まってきた。 ****  ほんの小さな、とても小さなミスだった。  でも僕が、どうしても許せなかった。  そんな僕を許してくれるのが、いつも駿だ。  いつも、いつも、僕たちはこうやって励ましあってきた。  突然、駿が口に放り込んでくれたチョコレート、とても甘かった。  でもね、最初は少しだけ、心がもやもやとしたんだ。  駿はモテるから、これも誰かから貰った物では?  一瞬戸惑ったけれども、妹のみきちゃんの手作りだと聞いて安堵した。  あぁ、そうか、今日はバレンタインなんだ。 「バレンタインだって、知っていた?」 「……コンクールに夢中で……」  駿にも、無関心でいて欲しい。  そんな願いを込めた僕の返事に、駿が破顔した。  心がトクンとピンクに色づく瞬間って、こんな時だ。  僕、やっぱり……駿が幼馴染み以上に好きなのかな?

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