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ただ、触れたくて 6
やがて俺たちは進級し、高校三年生になった。
ショックだったのは、想とクラスがA組とD組とで離れてしまったことだ。ずっと同じクラスだったわけではないが、こんなに離れたことはない。想の姿を一日に一度も見かけない日が続き、気持ちが急いてくる。
優秀な想と俺とでは進路が違うから、大学ではきっと離れてしまう。だからもう時間がない!
俺の脳裏に『告白』という二文字が脳裏に浮かんでは、消えて行く。
本気で告白して、どうなる? 想を困らせるだけじゃないか。
だが……もう、ずっと蓋をしていた気持ちが、パンクしそうだ。
今日こそは!
想を見かけては、溜め息をつく日々が繰り返されていた。
「話がある」と想を連れ出せたのは、夏休みに入る直前のことだった。
「想、今日一緒に帰らないか……ちょっと話があって」
「何? もちろんいいけど」
「後で話すよ」
同級生も多数乗り込んでいる車中では切り出せず、最寄り駅に着いた時、俺の足はぴたりと停止した。
「どうしたの?」
「あのさ、江ノ島まで一駅歩かないか」
「いいけど……珍しいね。あ、寄り道ってこと?」
「そ、そうなんだ。江ノ島の甘味屋にでも行こうぜ」
「いいね。僕は甘い物大好きだよ」
「知ってるよ」
呑気な想とは裏腹に、俺は決死の思いだった。
今年の夏は暑くなりそうで、俺の身を焦がすような熱情をもう抱えきれないだろう。 だから夏休みに入る前に伝えてしまいたい。
ところが途中で、雲行きが怪しくなる。
「降りそうだね。僕、傘を持っていないよ」
「俺もだ」
そんな会話の直後ポツポツと雨が降り出した。遠くに雷轟が聞こえる。
「雨だ!」
「酷くなるぞ。雨宿りしよう!」
走り抜ける前に、雨は土砂降りになってしまった。
「想、あっちにトンネルがあったはず」
「うん!」
突然の雨を浴びた俺たちは、息を切らして海辺のトンネルに逃げ込んだ。
「大丈夫か」
「参ったね。全身、びしょ濡れだよ」
「……‼」
薄暗いトンネルの中で、想の姿をまじまじと見てギョッとした。
夏服の白シャツが濡れて肌に張り付いている様子に、言葉を失った。
透き通るような肌が向こうに見え隠れしているじゃないか! 胸元は特にヤバく、『禁断の果実』という言葉の意味をこの時初めて知る。
このまま一気に告白をしよう! そう意気込んだのに、また躊躇してしまう。
決死の思いで連れ出したのに、この信頼関係が壊れてしまうのが、俺は怖いのだ。
素直に届けたいのに届けられない……幼馴染みという距離が、もどかしいよ。
「タオルで拭けよ」
「駿こそ、髪がびしょびしょだ」
想が迷い無く俺に手を伸ばしてきたので、一歩下がってしまった。今触れられたら、俺、何をするか分からない。
「俺はいいからっ」
「……」
雨よ、まだやむな!
もう少しだけ、俺たちのBGMとして、この沈黙を支えてくれ。
ところが雨宿りの後、想との別れは突然やってきた。
雨が上がり西日が戻ってくると、俺の意気込みも復活した。
想の色っぽい姿にあてられたのは言い訳か。
驚いたことに……言葉よりも行動で、想いが溢れてしまったのだ。
衝動的に欲しくなった。
想の唇――
「想、少しでいいから、じっとしていてくれ」
「えっ……あっ、何を……」
目を見開いて固まる想の唇に、俺の唇を押しつけようとした瞬間、凄い勢いで、突き飛ばされた。
「駿……なんで……こ、こんなことを?」
「俺……ずっと想が好きだった!」
湧き上がる情熱は、言葉より先に行動へ繋がってしまった。
もう一度挑む!
「だから頼む! キスさせてくれ!」
「ちょ……ちょっと待って……い……イヤだ!」
親友だったのに……大切な幼馴染みだったのに、強引なやり方で全部俺が駄目にした。
「じっとしていろよ‼」
「駿……やだっ、やめてくれ」
逃げ惑う唇。
トンネル内のざらついた壁に想の華奢な肩を押しつけて、無理矢理キスしようとしてしまった。
最低で最悪な俺。
こんな形で告白するはずでは……なかったのに。
想が涙を浮かべて立ち去る際に散った言葉が、身に染みた。
「駿を信じていたのに……こんなの、最低だ!」
結局、自分で引き裂いてしまった同級生、幼馴染みという関係を。
あぁ、もう自業自得だな。
でもこんなに苦くて惨めでも……まだ諦めきれないんだ。
この俺の初恋は、どこに持っていけばいい?
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