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10年越しの初恋 2
「想、想、もうニューヨークに着いたわよ」
「え……もう?」
飛行機が離陸して、どんどん日本から離れていくのに絶えきれず、逃避するように眠ってしまった。
「想……あなた、泣いたの?」
「え?」
母が心配そうに僕の顔を覗き込んだので、慌てて指で目元を押さえると、涙が滲んでいた。
「……悲しい夢を見ていたのかも」
「そう? ごめんね。私達の都合で高校3年生の夏休みに転校だなんて」
「いや、僕が決めたことだよ」
「ねぇ想……あなた、駿くんと喧嘩しちゃったの? あんなに家に入り浸っていた子が、高校生になってから、だんだん来なくなって……最後は見送りにも……」
「駿は忙しいんだよ。部活もギリギリまで主将を務めていたしね」
「そうか、そうよね。サッカーが似合うわ爽やかなハンサムボーイだもんね」
「……うん」
そうだ、駿――
駿はいつだって、周りから羨望の眼差しで見られる眩しい存在だ。
そんな駿が僕を好きだと言ってくれたなんて、本当に嬉しかった。
心の中では……そう思っていたんだよ。
「彼女が出来て忙しいのかもね。お母さん、見ちゃったのよ。前に商店街で可愛い女の子に告白されていたの」
「……そう」
「想にもアメリカで可愛い彼女さんが出来るかしらね? まずは日本人学校だし、緊張しないで頑張ってね」
「……」
現実って、こんなものだ。
駿がその気になれば、すぐに彼女が出来るだろう。
そして僕のことなんて、忘れてしまうだろう。
僕はそれを……応援……出来ない。
駿の気持ちをすんなり受け入れられなかったくせに、駿の幸せを応援も出来ない意気地なしだ。
僕……アメリカで心を鍛えてくるよ。もっと強く、もっとしなやかになりたい。
自分にもっと自信を持ちたい。
アメリカで、僕はそんな覚悟で頑張った。
大学は現地の大学を選び、4年間一度も帰国しなかった。
アメリカで生まれ変わろうと決意したお陰で、積極的になれ、クラブにクラスにも……もう駿がいなくても、馴染むことが出来た。
流れに任せてクラスの女の子と付き合ったりもした。でも、どうしてもキスが出来なかった。そのことを理由に振られてしまった。
「意気地なし! キスも出来ないなんて最低!」
頬を叩かれハッとした。
僕……あのトンネルでしたキスの続きを、心の中でまだ望んでいるのか。
月日が経つのと引き換えに、きっともう……駿は僕のことなど忘れてしまっただろう。そんな弱い心に負けたが、僕の心と身体は、何一つ駿を忘れていなかったのだ。
ファーストキスは、まだしていない。
駿に会いたい。
今、どうしている?
戻りたい……日本へ。
そんな気持ちが満ちて、大学卒業後、僕は日本の企業に就職する道を選んだ。
ところが最初の配属先はイギリスだった。
日本に帰るどころか、ますます駿と離れてしまう結果だった。
霧の街、ロンドン。
二階建てバスの最前列に座って思うこと。
道を切り開くように進む二階建てバスのように、僕の道も開けばいいのに。
あの日キャンプファイヤーの熱を浴びながら、駿の視線を一身に受けたことを思すと、身体の奥が熱くなる。あの日のように心と身体が一気に昂ぶることは、一度もなかった。
あの日もらった指輪は、ロンドンのアパートにも連れて来た。
指輪は旅をする。
いつか駿の元に戻れる日が来ることを祈りながら……
僕は静かにバスを降り、石畳の街を歩き出した。
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