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10年越しの初恋 3

「誰か、これいらない?」  部署の昼休み、女性社員の声にハッと顔を上げた。 「2個、余っちゃったのよ~」    バスケットに数個残ったチョコレートに、あぁそうか今日はバレンタインだったのかと気付く。  高校時代、文化祭で想に渡したおもちゃの指輪を思いだした。  想はきっともう……あんな、おもちゃの指輪は捨ててしまったよな。  おっと、俺が偉そうに言える立場ではないんだった。あの日部屋の一番高い所に置いた俺の指輪は、未だ行方不明だから。就職で独身寮に入るために家を出て、暫く帰らないうちに、地震で棚に積んでいた学生時代の物が一気に落下して、危ないからという理由で勝手に掃除されて消えてしまったんだ。  後悔したよ。何故持っていなかった? 肌身離さず持っていれば良かったと。まるで永遠に想を失ったかのような喪失感に苛まれ、あの指輪だけが俺と想を繋ぐものだったのにと、人知れず悔し泣きをした。  だが俺は諦めなかった、運命に負けたくなかった。  この左手薬指にしている指輪は、あの日なくした指輪の代わりに、俺が勝手に購入した指輪だ。結婚もしていない俺がこれを買って、自分だけつけている理由は一つ。  それはいつか想と再会した時に、明かされるだろう。 「青山くんもどうぞ。って、いつの間に、その指輪は何?」 「……」 「くー、青山くん同期でも一推しで狙っていた子も多いのに残念。イマドキはみんな気付いたら結婚して指輪してるんだもん。嫌になるわ」 「すみません」 「謝ることじゃないわ。学生時代からの子? ね、教えて」 「……いや、その」 「秘密主義ね。でもいいわ。お幸せに~」    これでいい。  何人かの女の子と付き合ってみたが、やはり無理だった。  俺……想がいいんだ。キスから恋を始めるのは想がいい。   想、もう限界だ! 俺、会いたいよ!  今、どこにいる? どうやって探せばいい?  母に聞いても、想の母親との連絡も途絶えたらしく分からない。  想の行方は、誰も知らない。 ****  季節外れの辞令をもらった。  僕は今、とても緊張している。  配属先は東京本社。  いよいよだ。とうとう日本に戻ることが出来る。  僕の心は、もう駿だけを求めている。  この10年僕なりに経験を積んだ。  男女問わず様々な立場の友人と接し、考えも柔軟になった。  身も心も、大人になった。 「間もなく着陸態勢に入ります。座席の背もたれを……」  機内アナウンスに誘導されるように、夢中で読んでいた本を、そっと閉じた。  英国で出会ったこの本に、最後の一歩を踏み出す勇気を貰った。  遠い昔に同性愛を貫いた、身分違いの恋を描いた『Turn the corner《峠を越えて》』  僕も越えたい。もう越えられるんだ。あの日越えられなかった高い壁を。  駿、もう間に合わないかもしれないが、帰国したらすぐに、僕から駿を探すよ。 だから待っていて。     

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