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10年越しの初恋 8
一旦会社に戻ってから終業時刻までは、長かった。
待ち遠しかった。
「白石くん、どうしたの? 顔が赤いけど、熱でも?」
「い……いえ、何でもないです」
慌てて化粧室で鏡を見ると、頬がまだうっすら火照っていた。
駿……駿……
10年前よりも……更に格好良くなっていた。
僕、駿に話したいことが沢山あるよ。
僕の10年は、この日のためだったのかもしれない。
駿からもらったメモを、ポケットから取り出し、そっと指でなぞった。
懐かしい……駿の字だ。
あんな別れ方をしてしまい気まずくて、一度も手紙を出せなかったことを許して欲しい。
どうか、どうか――
今の僕を受け入れて欲しい。
駿からの誘いは、その可能性があるのでは?
胸に宿るのは、あの日の続きを二人で歩めるのではという、期待だった。
それにしても都会のホテルのバーで待ち合わせだなんて、僕たち大人になったね。
小銭を握りしめ……自動販売機でジュースを買った帰り道が懐かしいよ。
ホテルのカウンターに駿の背中を捉えた時、いよいよ胸が高鳴った。
僕の心臓、かなりドキドキしている。
何を飲むと聞かれて、咄嗟に浮かんだカクテルの名前は『オリンピック』
僕がこの日をどんなに待ち焦がれていたのか、どうしても伝えたくて。
「想との再会に乾杯――」
「乾杯……えっ……」
僕は興奮気味にグラスを傾けた。
ところが駿の手元に指輪を見つけた途端、再会を祝う場は突如暗転してしまった。
えっ……左手薬指に指輪をしているなんて、さっきは気付かなかった。
今度はさっきとは違う意味で、心臓がバクバクしてしまった。
「どうした?」
「あの……それって」
駿は昔から僕の顔色をよく見てくれた。
だから、すぐに僕の不安を察してくれたようだ。
変わらぬ笑顔で『僕の席を空けておいた』と教えてもらい、心から安堵した。
駿は離れていた十年をかけて、僕の想いを育てた相手だ。
そんな駿が今でも僕を想ってくれていたなんて……
僕……嬉し過ぎて、うまく声が出せないよ。
「想……今なら良い返事をもらえそうか」
あの日の告白の返事は『Yes!』
遅くなってごめん……まだ間に合うか。
僕はコクンと頷いた。
すると駿が、破顔した。
「想……俺、とても幸せだ」
「駿……幸せなのは、僕の方だよ」
僕たちはバーカウンターの下で、そっと手を握り合った。
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