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初恋の向こう 1
初めてのデートは、俺たちのホーム、江ノ島にした。
10年越しで実った初恋だから、俺たちにジンクスはない。
江ノ島駅に着いてすぐ、想の姿を見つけた。
あれ? 想……なんでスーツ?
ふっ、真面目なアイツらしいな。
想も待ちきれなかったのか。
俺と同じ気持ちだと思うと、嬉しくなるよ。
「想っ!」
遠くから手を振ってみたが、文庫本に夢中になっているようで気が付かない。
ふと……昔……こんな風に彼の横顔を盗み見していたのを思い出した。
駅の時計を確認すると、まだ待ち合わせの20分も前だった。
おいおい、お互い、早すぎだな。
よく一緒に遊びに出掛けたが、今日は全く別物だ。
人生初の想とのデートだから!
この日が、どんなに待ち通しかったことか。
さてと……
「すぅ、はぁー」
一度大きく深呼吸してから、想の肩をポンポンと叩いた。
「想、待たせたな」
「駿、早かったね」
「待ちきれなくてな」
「あ……僕も同じだよ」
想の笑顔、その一言一言が嬉しくて溜らない。
「じゃ、行くか」
「う、うん……」
そこからは、最初は互いに意識し過ぎてギクシャクだった。
お参りしたのも、土産物屋を覗いたのも、サザエの壺焼きを食べたのも、まだまだ夢見心地。
俺、本当に想とデートしているのか。
だが、そんなぎこちなさは、肌馴染みのいい潮風が洗ってくれ、夕日が影を伸ばす頃には、ようやく自然な雰囲気になっていた。
オレンジ色に染まる砂浜をソーダ水を飲みながら歩くと、嬉しさで心がパチパチと弾けるようで、浮き足だっていった。
心だけ駆けだしてしまいそうだ。
落ち着け……落ち着け……
「想は、またあの家に戻ってきたんだな」
「そうだよ。ずっと人に貸していたけれども、また家族で住むことになったよ。だから、あそこは、まだ僕の家だよ」
「そうか、よかった」
「うん……柱には駿がぶつけた傷も、駿と背比べした跡もあるよ」
「そうか……想が八歳で引っ越してきてから、よく遊びにいったもんな。ある意味、あそこは俺たちの歴史を刻んだ部屋だよな」
「うん、だからね……毎日……駿と暮らしているみたいで、嬉しくなるよ」
「ぶほっ!」
想が変なことを言うから、ソーダ水を吹いてしまった。
「だ、大丈夫?」
「ゲホッ、ゲホッ」
想がトントンと優しく背中を叩いてくれる。
あ……この感じ……懐かしい。
サッカーの試合に負けて、体育館の裏の階段で悔し泣きをしていると、想がよくこうやって背中を叩いて励ましてくれた。
(駿……駿、泣かないで。かっこよかったよ)
そんな優しく懐かしい声が、海風に乗って聞こえてくる。
「サンキュ! もう大丈夫だ」
「僕の水、飲む?」
「おう! でも想が先に水分補給しろよ。真夏にスーツで来るなんて馬鹿だな」
「ごめん、変だった? でも……初めてのデートだろう? これって……だから」
「似合っているさ!」
律儀で優しい想だから、好きになった。
そんな所も含めて、大好きだ。
想が先にペットボトルの水を飲んで、綺麗な笑顔で俺に渡してくれた。
「駿も飲んで」
だが俺はペットボトルを受け取らずに、想の湿った唇にそっと指を伸ばして触れてみた。
欲しい……ここが欲しい!
猛烈な乾きを感じた。
「あ……」
「……想、あそこに行かないか」
あそことは……あの日、俺たちが雨宿りしたトンネルだ。
「……あの、トンネルのこと?」
「そうだ」
「わかった」
想は目元をうっすら赤く染めて、俺の後ろを付いて来てくれた。
心臓がドクドクと、一気に高鳴っていく。
今日は、雨は降っていない。
そして、想は逃げたりしない。
あの日とは、違うんだ。
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