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初恋の向こう 3
「想……」
躊躇っていると、想の方から唇を寄せてくれた。
想が俺たちのファーストキスを導いてくれるなんて、信じられない奇跡、最高の喜びだ。
想に応じるように、俺は彼の後頭部に手を回して、密着度を深めた。
今度は俺から、想を包み込む。
「あ……うっ……」
想の唇って、こんな温度だったのか。
十年間、ずっと想像していた。
あの日避けられたキスの味を、探していた。
甘い――
初恋を孕んだキスの味は、ただただ……甘かった。
「んっ……」
「もう少しだけ、いいか」
「あ……っ、しゅーん……」
想が小さい頃のように、『しゅーん』と呼んでくれた。
その瞬間、脳裏に8歳の頃からの俺たちの軌跡が駆け巡る。
……
『……しらいし、そうです。よろ……しく……おねがいします』
『君の席は、窓際の一番後ろ。青山 駿の隣だ』
震える声の転校生は、とても優しい目をしていた。
席が隣同士になったという極々平凡な縁から始まった、幼馴染みというポジションだった。
大人しい想の手を引っ張って、駆け回った校庭の青空。
ふたりで雨宿りした、公園の赤い遊具。
雪の日は、ふたりで新雪を踏みながら真っ白な世界を遠回りしたよな。
俺たちの思い出は、とてもカラフルだ。
中学でも、高校でも、想と俺のポジションは何も変わらなかった。
俺を慕い、いつも優しく見つめてくれる、想の存在が大切だった。
『愛おしさ』に『初恋』という名前がついたのは、いつからだろう?
だが……俺はそんな想に甘えて、強引に事を運ぼうとして失敗した。
大好きなおもちゃを取られたくないような……焦りにも似た感情で、突っ走ってしまったのだ。
想が好きだという気持ちだけで、想の気持ちも考えずに、押し通そうとした。
……
10年越しのキスは止まらない。
止められない。
「ん……っ、もう駄目……だって」
「もう少しだけ」
「しゅん、しゅ……ん」
切なげな声のあと……想の瞳から、はらりと涙が散ったのでハッとした。
「あ……ごめん。また俺は強引に」
頭の中が真っ白になった。
すると想は、慌てて首を横に振ってくれた。
「違う! その……捜し物を見つけた心地で……嬉しくて」
「そうなのか」
「駿……あの夏のキス……急すぎてびっくりして、受け入れられなくてごめん」
「それはもう言うな。俺が焦ったせいだ」
「この10年……いろんな経験はした。でもどんな時も駿を思い出し、どうしてもキスが出来なかったんだ」
「お、俺も同じだ。じゃあ、今のが……」
「ファーストキスだね」
初恋は実らない。
そんな言葉は、俺たちには当てはまらなかった。
「……初恋なんだ。僕の初恋は駿だったんだよ」
「俺もだ……8歳で出会い……中学、高校と積み重ねた想いだ」
「今、揃ったんだね。気持ちがぴったりと……駿と唇を重ねて、よく分かったよ」
「俺もだ」
俺たちは灰色のトンネルを背に、肩を並べ……耳を澄ました。
「あの日は雨の音しか聞こえなかったのに……今日は波の音がよく聞こえるね」
「あぁ」
「この音、駿……僕らの恋みたいだね」
「想、それって寄せては返す波のように、永遠に続くってことでいいのか」
「そうだよ、止まらないってこと」
あぁ幸せだ。
俺たちはトンネルを出て、駅に向かってゆっくりと歩き出した。
「もう帰る?」
「想、初恋の向こうへ行かないか」
「何があるの?」
「また、初恋さ」
「そうだね。今日も明日も僕たちはずっと初恋を叶え続けるんだ。僕は駿を、ずっとずっと……愛していくよ」
大人しくて内気だった想からの思い切った告白に、視界が水彩画のようにじわじわと滲んでいく。
「想、参ったな……今日は先を越され放しだ」
涙を堪えて見上げたオレンジ色の空は、綺麗なグラデーションを描いていた。
「俺、想をずっとずっと愛していく」
大人になった俺たちの初恋は、もう揺らがない。
想は今になって恥ずかしさが増したのか、夕焼けより赤い顔で……それでも俯かずに微笑んでくれた。
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