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ふたりの初恋 2
駿に連れられて入ったカフェは、白い壁、白木の床、白い椅子とテーブルとすべてが白い世界だった。
そして波の音に調和する、耳馴染みのよいBGMが静かに流れていた。
「いらっしゃいませ、あ、駿さんじゃないですか」
「マスターこんばんは! いつものメニューを二人分、いいかな?」
「畏まりました」
駿は勝手知ったる様子で、日が昇っていれば海が見えるだろう窓際のカウンターに、僕を案内してくれた。
「ここ、よく来るの?」
「あぁ、常連さ」
「……」
「どうした?」
「いや……駿はもうこっちに住んでないのに、どうして、わざわざ?」
東京で一人暮らしをしていると聞いたばかりだったので、素朴な疑問だった。
「湘南には、想との思い出が沢山転がっているからな」
その言葉にまた胸が熱くなった。離れていた10年、駿が僕の面影を探してくれていたのが伝わってきたから。
「それにさ……この店って真っ白だろ」
「うん、どこもかしこもだね」
「あの雲みたいだなって」
「……?」
「あの日、想を見送った雲みたいだって」
あの日とは……僕が外国に旅立った日のことだろうか。
「見送るって……もしかして……空港まで来てくれていたの?」
駿が自嘲的に笑う。
「結局、間に合わなかったけどな。もっと早く連絡を取れば良かったよ。悔しさと後悔が滲んで視界が濁る中、どんなに探しても……俺には青い空と白い雲しか残っていなかった」
「しゅーん」
駿の当時の気持ちが、痛い程伝わって来るよ。
胸元がキュンと切なく締め付けられる。
ここがカフェでなかったら今すぐ駿を抱きしめたいし、僕を抱きしめて欲しい。
「10年前……想が消えた場所は、俺にとって白い雲の中だった。だからこの店に入ると落ち着くのさ。想の近くいる気がするから」
「……駿、僕はいつも記憶の中で辿っていたよ。駿のすべてを」
カウンターの下で、今すぐ手を繋ぎたい衝動に駆られた。
二人の腕が同時に動き出した瞬間。
「お待たせしました。焼き立てのしらすのピザとビールです」
慌ててお互いの手を引っ込めた。
続きはまた後でだね。
「わぁ、美味しそうだね」
「想は昔から、しらすが好きだろう」
「よく覚えているね」
「向こうで……湘南のしらすが食べたくて恋しくなかったか」
「ん……それよりも……ずっと駿が恋しかった」
「そ……想!」
言葉を言い残すのは、もう嫌なんだ。
伝えられなかった言葉を抱いて過ごした10年は、とても長かった。
だからもう……心に素直になろう。
溢れる熱い想いは、全て駿に届けたい。
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