29 / 161

ふたりの初恋 2

 駿に連れられて入ったカフェは、白い壁、白木の床、白い椅子とテーブルとすべてが白い世界だった。  そして波の音に調和する、耳馴染みのよいBGMが静かに流れていた。 「いらっしゃいませ、あ、駿さんじゃないですか」 「マスターこんばんは! いつものメニューを二人分、いいかな?」 「畏まりました」  駿は勝手知ったる様子で、日が昇っていれば海が見えるだろう窓際のカウンターに、僕を案内してくれた。 「ここ、よく来るの?」 「あぁ、常連さ」 「……」 「どうした?」 「いや……駿はもうこっちに住んでないのに、どうして、わざわざ?」  東京で一人暮らしをしていると聞いたばかりだったので、素朴な疑問だった。 「湘南には、想との思い出が沢山転がっているからな」  その言葉にまた胸が熱くなった。離れていた10年、駿が僕の面影を探してくれていたのが伝わってきたから。 「それにさ……この店って真っ白だろ」 「うん、どこもかしこもだね」 「あの雲みたいだなって」 「……?」 「あの日、想を見送った雲みたいだって」  あの日とは……僕が外国に旅立った日のことだろうか。 「見送るって……もしかして……空港まで来てくれていたの?」  駿が自嘲的に笑う。 「結局、間に合わなかったけどな。もっと早く連絡を取れば良かったよ。悔しさと後悔が滲んで視界が濁る中、どんなに探しても……俺には青い空と白い雲しか残っていなかった」 「しゅーん」  駿の当時の気持ちが、痛い程伝わって来るよ。  胸元がキュンと切なく締め付けられる。    ここがカフェでなかったら今すぐ駿を抱きしめたいし、僕を抱きしめて欲しい。 「10年前……想が消えた場所は、俺にとって白い雲の中だった。だからこの店に入ると落ち着くのさ。想の近くいる気がするから」 「……駿、僕はいつも記憶の中で辿っていたよ。駿のすべてを」  カウンターの下で、今すぐ手を繋ぎたい衝動に駆られた。  二人の腕が同時に動き出した瞬間。 「お待たせしました。焼き立てのしらすのピザとビールです」  慌ててお互いの手を引っ込めた。  続きはまた後でだね。 「わぁ、美味しそうだね」 「想は昔から、しらすが好きだろう」 「よく覚えているね」 「向こうで……湘南のしらすが食べたくて恋しくなかったか」 「ん……それよりも……ずっと駿が恋しかった」 「そ……想!」    言葉を言い残すのは、もう嫌なんだ。  伝えられなかった言葉を抱いて過ごした10年は、とても長かった。  だからもう……心に素直になろう。    溢れる熱い想いは、全て駿に届けたい。      

ともだちにシェアしよう!