31 / 161

ふたりの初恋 4

「想、俺さ……行きたい場所があるんだ」 「うん、駿に付いていく」  想の最寄り駅を通り越したが、優しく頷くだけで何も言わなかった。  静かな同意が、心地良い。  目的地は俺たちの通った高校だ。  波打ち際まで徒歩1分。  教室の窓からはいつも青い海を見渡せた、青春が青い空に輝き、青い海に煌めく場所だった。  由比ヶ浜で下車し通い慣れた細い道を歩くと、懐かしい校舎が見えてきた。 「わぁ……懐かしいな……駿は?」 「俺も久しぶりに来たよ」 「……また駿と見られるなんて」    隣りで目を細めて校舎を見上げる想の横顔が綺麗過ぎて、また胸がドキドキしてきた。あの日……後夜祭のキャンプファイヤーの炎を浴びた時のように、身体が火照ってきた。  俺……今日……想の唇に触れたんだ。  まだ信じられない奇跡。 ****    あの夏、途中下車するように逃げ出してしまった僕の青春。    父の急な海外赴任が決まり、誰にも挨拶することなく消えてしまった場所に、また立てるなんて。しかも駿と肩を並べて。  このざらついた砂の感触も懐かしいな。  懐かしい校舎が見える砂浜で足下を見つめていると、駿が僕の正面に立ち、顎に指をかけてきた。 「想の顔、もっと見せてくれ」 「あ……っ」  上を向かされると、あまりの至近距離に緊張した。ぐらりとバランスを崩しそうにると、すぐに駿の逞しい手によって背中を支えられた。 「おっと、大丈夫か」 「う、うん」 「ずっと……想と……こんな風に見つめ合いたかったんだ」 「駿……僕も……僕だって同じだよ。いつだって気持ちは揃っていたのに、本当に、逃げたりして、ごめん」 「もう謝るな。今は同じ場所に立っているんだ」 「そうだね」  僕の方からも、駿に手を伸ばした。  僕だって、同じ気持ちだ。  ずっと思い描いていた駿の凜々しい顔と逞しい身体。十年離れている間、何度記憶で辿ったことか。  「想のここに、また触れたい」 「うん、僕も……」  僕の顎を掴んでいた駿の手が、ゆっくりと動き出す。  男らしい指先が信じられないほど優しい仕草で、僕の唇を撫でていく。  そのまま、お互いに顔を寄せ合って。  重なる唇は熱を孕み、甘い吐息が行き交う。  これが初恋の味だ。  きっと何度しても同じ味がするのだろうね。  僕たちは、この先もずっと初恋を重ねていくのだから。 あとがき(不要な方は飛ばして下さい) **** 今日の後半の優しいキスシーンは、表紙絵の雰囲気をイメージして書かせていただきました。この後も彼等のキスは、きっと何度しても初恋の味しかしませんよね💕 甘くて優しい恋の話……もう少しお付き合いください。  

ともだちにシェアしよう!