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ふたりの初恋 5
想が唇を再び重ねてくれた。
何度も何度も、繰り返す波のように、互いの唇を合わせ続けた。
「ん……っ、ん……」
少し息苦しいのか……鼻にかかるような甘い声が継続的に耳元に届くので、下半身がブルッと震えた。
その声、痺れるよ。
目を閉じてキスに必死に応じてくれる様子、可愛すぎだ。
互いのぎこちないキスが、しみじみと嬉しかった。
そのまま月夜の海辺で、想の身体をすっぽりと抱きしめた。
「想、ありがとう」
「駿、僕の方こそ」
身長差は5cm程度。だが骨格が一回り違うので、抱き心地がいい。
想が着ている上質なスーツの柔らかく滑らかな肌触りも、心地良い。
想の人当たりのよい上品な雰囲気が、昔から溜まらなく好きだ。
ほっと心を預けられる、寛げる相手なんだ。
「あっ……駿……人が来るみたい」
遠くから犬の散歩をしている人が近づいてきたので、そっと離れた。
「ごめんな」
「ううん……大丈夫だよ。謝らないで。僕も同じ気持ちなんだ。またここに来たいな。今度は海を一緒に眺めよう」
「あぁ、そうしよう」
俺の名残惜しい気持ちを察してくれたのか、想の方から次の約束をしてくれた。
離れていた10年間。何の約束も出来ずに別れてしまった10年間を思うと、泣けてくる。
また会える。
また会おう。
全部欲しかった言葉だ。
「そろそろ帰ろう」
「うん……また仕事でも会えるしね」
「あぁ、なんだか照れ臭いな。職場で会うのは」
「分かるよ。僕も同じ」
俺は東京へ、想は再び江ノ島方向へ。
この別れは明日に続く別れなんだ。
そう思えば、笑顔になれた。
向かいのホームで、想も……まるで高校生のように擽ったそうに微笑んでいた。
****
「ただいま」
「想、随分遅かったのね」
「ごめん、駿と母校を見てきたんだ」
「まぁ、それで駿くんは元気だった?」
「うん、何も変わっていなかったよ」
「そうなのね、良かったわね」
「うん」
駿は外見がぐっと大人っぽくなっていたので、最初たじろいでしまったが、中身はそのままだった。人懐っこい笑顔も大きな手も健在で、何より心が変わっていなかった。それが嬉しかった。
「想? 珍しいわね。思い出し笑いなんてして」
「え……僕、今、笑っていた?」
「えぇ、幸せそうにね。とにかく……無事に会えて良かったわね」
「お母さん、ここまで……いろいろ支えてくれて、ありがとう」
「昔のように、また気軽に遊びに来てもらっていいのよ」
「うん!」
高校の途中で海外に旅立った僕。
ずっと塞ぎ込んでいるのを母が心配して、何度も何度も優しく聞いてくれた。あんな別れ方をしてしまったのを後悔し、それでも飛び越える勇気がなく、心が石のように固まってしまった僕は、端から見てかなり危うい状態だったのだろう。
日に日に痩せて覇気がなくなり転校先にも馴染めず自滅しそうになった。耐えきれなくて……僕はとうとう母の優しさに甘えてしまった。
駿に会いたい、駿が好きだと。
でも……同時にまだ怖いと。
本音を吐けば、涙が次々と溢れてきた。
恋しさだけでなく、寂しさだけでもなく……
妙な後ろめたさと、申し訳なさ。
意気地なしの自分が情けなく嫌気もさして……
全部が混ざって、ぐちゃぐちゃになっていた。
一人息子のそんな衝撃的な告白を、母は最初から分かっていたかのように静かに受け止め、泣きじゃくる僕を優しく抱きしめてくれた。
「知ってるわ。昔から、あなたがどんなに駿くんが好きだか。想の思うままに生きていいのよ。私には想の笑顔が一番大切なの」
母の寛容な言葉に、目が覚めた。
もっともっと心を鍛えよう。
高い壁を乗り越えるためには、心を強く持たないと。
この先は……いつも泣いてばかりいられない。
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