36 / 161
ふたりの初恋 9
午後のミーティングは、更に盛り上がった。
想が落ち着いた品の良い口調でディスカッションに加わると、白熱した場がガラリと変わり、ふわりと優しい空気に包まれた。
想は控えめで押しが強いタイプではないのに、皆、想の意見に耳を傾けるのは何故だろう。
生まれながらの上品な雰囲気と素直そうな人柄、それに加えて真摯な態度。
想が醸し出す独特の雰囲気が、人を魅了し心を捉えていくようだった。
俺は心の中で、密かに喜んだ。
その男は……俺の初恋の人なんだ。
そして今も初恋を重ねる……俺の恋人だ。
頑張り屋の想を、周りが認めてくれるのが嬉しい。
そうか……
想の幸せは、俺の幸せに繋がっているんだな。
「いやぁ、有意義な時間でしたね。このまま1杯行きませんか」
「いいですね」
「じゃあ青山くん、店の手配を頼む」
「畏まりました!」
上司同士も意気投合したようで、急遽飲みに行くことになった。
俺は少し洒落た世界のビールを取り扱う居酒屋をチョイスした。
「青山くん、君は……せっかくだから同年代の白石くんの横に座るといいよ」
「あ、はい」
これは有り難い采配だ。
結局、俺たちが同級生だったことは言いそびれたが、仕事上馴れ合いを好まない上司なので、それでいいのかもしれない。
隣りに座ると、想がほっとした表情を見せる。
あぁ……昔から、俺だけに見せる表情だ。
「えっと……何を飲みますか」
「あ、青山くんのオススメを」
「うーん、英国のビールでオススメは?」
逆に聞き返すと、想は口角を上げてメニュー表をすっと指さした。
「この『エッセンス・エール』が……」
暫しの間の後……
「……好きなんです」
「えっ‼」
いきなり何を言い出すのかと思ったら、ビールのことだった。(当たり前だ!)
オーダーすると、すぐに大きなジョッキに琥珀色のビールが注がれた。口に含むと麦芽やホップの香りの中に果実香があり、心地よい泡の感触と炭酸の刺激を感じた。
想が暗い照明の中で、俺だけに見せるように甘く笑う。
「じっくりと飲む人を楽しませる大人の奥深さが、エールビールの魅力ですよね」
まるで誘うような文句に、クラクラした。
待ったな。
俺の想は一回りも二回りも、いい男になって帰ってきた。
「だから、一緒に飲めて嬉しいです」
「俺もだ」
誰もがほろ酔い気分になった帰り道……
駅で解散することになったが、どうしたって名残惜しい。
「あ……もしかして白石さんも小田急なんですかぁ、私もなんです。よかったら一緒に途中まで帰りませんかぁ~」
‼‼ お、おいっ! 抜け駆けはダメだ!
想は……俺のもんだ!
「あの、白石さん、男同士もう1軒どうですか」
俺は思わず想の腕をムギュッと掴んでしまった!
なんだか俺の方が……さっきから大人気ないよな。
「いいですね。付き合います!」
名残惜しそうな後輩女子社員を改札で見送ると、横に並んでいた想が、俺を見つめて、また微笑んでくれた。
「駿……ありがとう」
ともだちにシェアしよう!