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ふたりの初恋 12
「駿!」
「わざわざ迎えに来てくれたのか。想の家なら覚えているのに」
江ノ電の改札を出ると、想が駆け寄って来てくれた。
白いリネンシャツを緩く腕まくりして、ベージュのチノパンを穿いた
想は、楚々として上品だった。
「……待ちきれなくて」
「そ、想は……」
「ん?」
想と再会してから、高校時代には聞けなかった台詞ばかり降ってくる。
高校時代の大人しい内向的な想を思うと、信じられないよ。
あの頃も……こんな感情を秘めてくれていたのか。
俺は秘めていたよ。
結局抱えきれず爆発させてしまったが。
「いや……あのさ、今日って、お父さんもいるのか」
想のお母さんは想によく似た雰囲気で優しい人だったが、お父さんは商社マンでビシッとしていて、少し怖かったので、気後れしてしまうんだよな。
今日は……俺たちが付き合いだしたことを宣言するわけでもないが、緊張してしまう。
「あ、ごめん。駿に話していなかったね。実は、父は今度は中東に海外赴任が決まって……」
「え?」
まさか、また想も行ってしまうのか!
心の中で、かなり動揺していた。
「あぁ……大丈夫。僕はもうどこにもいかないよ。僕はもう社会人だ。親の転勤についていく年齢じゃないし……それに……僕は……駿の傍にいたいんだ」
想が、俺の心中を読んでくれる。
「そ、そうか……ありがとう」
「だから今日も赴任の準備で、出社しているんだ」
「了解!」
駅から想の家まで、そんなに距離はない。
大きな交差点に立つと、また昔を思い出した。
高校時代、いつもここで俺は右へ、想は左へ。
お互いの家は5分も離れていなかったのに、大きな隔たりがあったよな。想の家はこの辺では誰もが一目置く高級マンションで、俺の家は祖父母と同居している古い一軒家だった。
でも大人しい想と活発な俺とでは何もかも違うようだが、俺たちの間には凸凹があてはまるような心地良さがあったんだ。
それは今も昔も変わらない。
「右に曲がれば、駿の家だったね」
「もうないよ」
「えっ……」
想が意外そうに顔をあげる。
「大学生の頃、相次いで同居していた祖父母が他界したんだ。で……家も老朽化したんで、横浜市内に引っ越したんだ。だから今はもうあそこは更地さ」
「そうだったのか……じゃあ……僕が想の家を探しに来ても無駄だったんだね。そう思うとなんだか怖いよ」
想が自分の腕を抱きかかえ、切ない表情を浮かべた。
怯えるのも分かる。
俺たち、もしかしたら、すれ違ったままだったかも。
「そんな顔すんなよ。会社で再会する運命だったんだよ」
「しゅーん」
少し頼りない表情で、甘えた声を出す想が可愛くて溜まらない。
「現に今こうして並んで歩いているだろ」
「僕たち……本当に付き合っているんだよね」
「その通りさ! さぁ行こう。俺、空腹だ」
「駿、お腹空かせてきてくれたんだね。ありがとう」
付き合っているって、想の口から聞けるなんて。
あぁ本当にいろいろ空腹になってきた。
初めてキスしてから、ずっと想に飢えている。
なんて言ったら……驚くか。
あとがき(不要な方はスルー)
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こんにちは、志生帆 海です。
社会人編、楽しんでいただいておりますでしょうか。
こちらの物語は再会シーンで一度完結を迎えている話なので、とても平和に二人の時が過ぎていきます。過激なことや主人公を堕とす展開はこちらの話ではないので、あまりに平坦すぎると思われるかもしれません。でも……空気のように水のように……二人が初恋を重ねていく日々を……何気ない日常をそっとのぞいて下さると嬉しいです。二人が深く結ばれる日までは定期的に書きたいと思っています。よろしくお願いします。
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