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ふたりの初恋 14
《今日は想の母親視点です》
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「お母さん、今度の週末は家にいる?」
「いつもいるわよ」
「あの……お父さんは?」
「あの人は土日は仕事とゴルフよ」
「そうか……あ、あのね……」
仕事先の人たちと飲み会だったと頬を染めて帰宅した息子の顔を、まじまじと見つめた。
想ってば、日本に帰国してから毎日楽しそうね。
ずっと想の笑顔が見たかった私は、密かに胸を撫で下ろした。
「早速、駿くんを連れて来てくれるのね」
「え? 僕、まだ何も言ってないのに」
想は面映ゆげな表情を浮かべ、頬を一段濃く染めた。
「想の顔を見ていれば分かるわ」
「お母さん……ありがとう……駿ね、お母さんの料理をまた食べたいって」
「まぁ覚えていてくれたのね。駿くんのおかげで想もご飯を沢山食べるようになったのよね。じゃあ腕によりをかけて作るから楽しみにしていてね」
想が8歳の時、ここに引っ越してきた。
私に似て大人しく内気な息子に、都心のマンモス校は合わなかった。
しかも小学校に入り小児喘息が酷くなり、学校も休みがちで友達も出来ず、授業参観で、休み時間にそっと机から本を取り出す息子の姿を見て、切なくなったわ。
クラスで浮き出した想は、やがていじめの対象にも……
いち早く気付けて、本当に良かった。
だから……逃げるように……主人を説得してここに引っ越してきたの。
静かな海辺の町、私の大好きな海が部屋から見えるマンション住まい。
それでも転校初日は祈るような心地だったわ。
下校してきた想の顔を玄関で見て、ホッとしたのを今でも鮮明に覚えているわ。
想の後ろには、人懐っこい笑顔の少年がランドセルを背負って立っていた。
「はじめまして! あおやま しゅんです。かえりみちが分からないって言うので、送ってきました」
「まぁ……想が……ごめんなさいね」
「おばさん、どうしてあやまるの?」
駿くんは大きな黒目を見開いた。
「だって、あなたに遠回りさせて迷惑をかけちゃったでしょう?」
「全然! 俺、ソウの友だちだもん!」
「え?」
「これから毎日あそぶんだ! ここにも遊びにきてもいいですか」
「も、もちろんよ!」
いきなり垣根を跳び越えてやってきた駿くんは、少しやんちゃで、優しくて頼もしい子どもだった。
想は本当に嬉しそうに、駿くんの言葉に耳を傾けていたわ。
「な、今日からはシュンって呼べよ、ソウ」
「シュン……?」
想にとって初めてのお友達。
息子のドキドキが、私にも移ってしまったみたい。
想、想……本当に良かったわね。
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「おばさん、手を洗ってきますね」
「どうぞ」
「ありがとうございます!」
昔のように礼儀正しく家に上がる前に、手洗いに行く後ろ姿に、妙にドキドキ!
息子も27歳なら、想くんも27歳。
いい青年になったわね。
広くて逞しい背中になったわね。
どうぞ、どうか、また想のことよろしくね。
「あ、まだ洗面所のタオルを取り替えていなかったわ。想、これを駿くんに持っていってあげなさい」
「え……でも」
「ほら、いってらっしゃい」
トンっと息子の背中を押すことに、後悔はないわ。
この恋を応援すると覚悟を決めたのは、私よ。
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