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ふたりの初恋 17
「駿、このビールでいいかな?」
想が冷蔵庫から冷えた缶ビールを持ってきた。
「お! うちのビールだな」
「うん、駿の会社のビールが、好きなんだ」
想の言葉に中に、『駿が好き』というフレーズを見つけ破顔した。
「ちゃんと2種類買ってくれたんだな」
「『北の大地』と『南の大地』っていいね。このシリーズ、好きなんだ」
「注ぐと色が結構違うのに、気付いていた?」
「そうなの? じゃあ今日はじっくり比べてみるよ」
「俺が注ぐよ」
「任せるよ」
ふたつのグラスにビールを注いで綺麗な泡の層を作ってやると、想が目を細めた。
「綺麗だね、雲みたい」
「なっ! 北の大地の方が澄み切った琥珀色で、南は深い土のような焦げ茶色なんだ」
「目でも違いを楽しめるなんて……あぁとても綺麗だね」
想がグラスに顔を近づけたので、俺もさり気なく顔を寄せた。
少しでも想の近くに行きたくて。
昔は想の家に来ると果汁100%のジュースが飲めるから嬉しかった。しかも林檎は林檎でも、王林やふじなど品種が違うジュースなので、二人で色を比べたりしたよな。
グラスに顔を近づけると想の頬とくっつきそうになって、子供心にもドキドキしたよ。
夏休み明けに突然転校してきた想は、明らかにこの辺にはいない、まるで外国からの転校生のような風貌だった。
サラサラな栗色の髪に優しい瞳、綺麗に整った顔。
天使みたいに可愛いのに、緊張して震える唇。
先生の隣に立つ想を見た途端、絶対に仲良くなりたいと思った。
理由なんて分からない、直感でビビッと来た!
今から思えば、あれが俺の初恋の瞬間だった。
「想……」
「あ、駿……」
そして今日も、駿と俺は至近距離で見つめ合っている。とにかく10年ぶりに再会したばかりだから、目を離せないんだ!
「ごめんなさいね、お待たせしちゃったわ。次はサラダとスープよ」
おばさんの声に、俺たちはハッと飛び退いた。
「あら、お邪魔だった?」
「お、お母さんってば……あ、お母さんも飲む?」
「ううん、今日は素面であなたたちを見ていたいの」
「お母さん……本当にありがとう」
「想、楽しそうね」
「うん」
サラダは『キャロットラペ』という千切りにした人参をマリネしたものだった。子供の時、少し大人っぽい味でドキドキした思い出の一品だ。
そしてパイに覆われたコーンクリームスープ。これを最初に出された時は、どうやって食べるのか分からなくて途方に暮れたな。
……
「おばさん、これ壊していいの?」
「駿くん、これはね優しくトントンって丸いスプーンでノックすれば上手に食べれるのよ」
「駿、こうだよ」
想が隣で見本を見せてくれると、その優しい手付きに、なんでも力一杯叩いてきた俺はハッとした。
そうか、優しくするって、こういうことなんだな。
……
「さぁ次は揚げ物よ。揚げたてを出したいから、少し待っていてね」
「あ、はい」
あの時、おばさんに教えてもらったのは、加減だった。
あぁ……改めて後悔するよ。こんなにも優しい環境で育ってきた想に、加減を忘れ強引に力任せにキスを奪おうとしたのは、やはり驚かせるだけだったと。
失敗した過去を思うと、暗く沈みそうになる。
想がそんな俺を察してか、ビールグラスを傾けながら教えてくれた。
「でも時には体当たりも大事だよね。僕は向こうで暮らすようになってから、それを学んだよ。優しさだけではダメなんだなって……強くしなやかな優しさが大切なんだね」
「想……」
「駿……もう大丈夫だよ。昔は弱さだけしか持っていなかったけれども、この10年をかけて、駿に似合う人になりたくて努力したんだ」
「馬鹿……そんな努力させてしまったのは俺のせいじゃないか」
「違うよ。僕がそうなりたかったんだ。眩しい駿の傍に行きたかったんだ」
想が俺のグラスを奪って、グイッとビールを飲み干した。
「あっ、それっ、俺のだぞ」
「ふふ、こっちも美味しいね」
「酔っ払ったのか」
「ふわふわしている。普段はこんなに酔わないのに変だな」
想が目元を染めて、微笑んでくれる。
「今日は想の家だ。多少酔っても大丈夫さ」
「でもね……本気で酔うと……僕、すごく眠くなるんだ。だから……」
「……それは……俺が長居出来る口実になるし、想の部屋に入る口実にもなるのか」
「その通りだよ」
なんと! 昔の想だったら絶対に言わない台詞ばかり降ってくる。
この妙な色気はどこから来ている?
心の中で一人焦っていると、想に笑われた。
「それはね……駿が好きだからだよ」
ほらっ、心の中をまた見透かされた!
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