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ふたりの初恋 19
「駿、大丈夫? ここで少し休んで」
駿を支えるように僕の部屋につれてきて、ベッドに座らせようとすると、ハッとした様子で顔をあげた。
「想、もう大丈夫だ」
「え?」
「一瞬酔ったがもう醒めたよ。今日は俺が酔っている場合じゃないだろう?」
「お母さんは、僕たちのこと応援してくれているから……どんな駿でも大丈夫なのに」
「……お父さんは違うだろう?」
「あ……」
図星だった。
お父さんは僕が幼い頃から多忙な人で、なかなかゆっくり話す機会がなかった。
商社の第一線で世界を駆け巡る父から見ると、僕はかなりひ弱で頼りない息子だったのだろう。何かを期待されることもなく、かといって疎外されることもなく……父は父で僕との距離を測りかねているようだった。それは社会人となった今も続いている。
「ごめん……父には何も話せていなくて」
「いいんだよ。俺だって……まだ、この恋を家族の誰にも話せていない。焦らず行こうぜ」
駿がそっと僕の腰に手を回して、キュッと抱きしめてくれた。
正直、同性の僕が駿の腕の中にすっぽりと抱きしめられるのには慣れないが……大好きな駿に近づけるのが嬉しくて、思い切って駿の胸元に顔を埋めてみた。
あ……駿の心臓もドキドキしている。
もちろん僕の心臓もバクバクだ。
僕の緊張が駿にも伝わったようで、優しく髪を撫でてくれた。
「じっくり……ゆっくり……丁寧に……大切にだ」
駿が呪文のような言葉で、僕を安心させてくれる。
小学生の時、特に体育が苦手だった。
学校を休んでばかりだったので、身体がついていかずに、何もかもワンテンポ遅れてしまう僕に、駿だけは、さり気なく歩調を合わせてくれた。その時もいつもそう言って励まし、落ち着かせてくれたね。
「駿の言葉は、僕に、よく効くよ」
「そうだったよな。想……肩の力抜いて」
「うん」
お互いの吐息がかかる距離に来た。
ビールを沢山飲んだから少しほろ苦い空気だったが、それよりも吐息に色づく方が先だった!
「距離……近いな」
「うん、とても」
「キスしたくなる距離だ」
「そう思うよ、僕も」
僕はそっと目を閉じた。
すると、それを合図に、あたたかい皮膜が重なってくるのを感じた。
もう躊躇いのないキスだった。
「んっ……」
「想……さっきから、キスしたかった」
ここは僕の部屋。
扉の向こうのリビングには母がいるのに、こんなことをしてもいいのか。
少しの戸惑いは、あっという間に溶かされていく。
「駿……」
「なぁ、少しだけ……舌いれていい?」
「え?」
「もっと……もっと深いキスしたい」
「あ……でも」
「少しだけ……ダメか」
「ダメじゃない。僕も……してみたかった」
そっと口を開くと、そこに駿の舌先が入って来た。
誰かの器官を中に受け入れるのは初めてなので、舌先にすらドキドキした。
まだ深くはないが、明らかに一段階進んだキスの味だった。
「あっ……」
「想……」
思いの丈の籠もった駿の声が色めいて、ぞくぞくとした。
舌は抜かれたが、そのまま熱心に唇を吸われたり、舐められたりしているうちに、酔いが回ってきた。
「あ……くらくらする」
「想……大丈夫か、息を吸って」
「ハァハァ……ごめん、不慣れで」
そう答えると、駿に再びすっぽり抱きしめられた。
「想……本当にキス初めてなんだな」
「……駿も……?」
「あぁ、一緒だよ。取って置いてよかった」
お互いの顔をじっくり見つめ合って、また軽くチュッと唇を合わせた。
「駿も、一緒に休む?」
「いや、今日はいいよ。おばさんもいるのに止まらなくなったらヤバイ」
「あ……」
キスの先を仄めかされて、心臓が跳ねた。
「想は少し横になれ」
「ごめん」
「もう限界なんだろ。少し眠っていいぞ」
「悪いよ」
「いつものことだろ」
転校しても、すぐに小児喘息が良くなったわけじゃなかった。
涙目でベッドで横になっていると、必ず駿が下校時に立ち寄ってくれた。
……
「想、これ、今日のプリント!」
「ごめん」
「あやまるなって、想の顔を見ないと落ち着かないんだ」
駿が心配そうな顔で覗き込んできた。
「想……つらそうだな。かわってやりたいよ」
「……」
そんな風に言ってくれる友だちは、いなかった。
そもそも僕には……友だちと呼べる人がいなかった。
だからその一言が嬉しいのに涙がぽろぽろ溢れてきて、慌てて掛け布団を引き上げた。
……
今も、昔も、駿が好きだ。
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