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歩み出す初恋 1

「駿……」 「どうした?」 「あの……今日はありがとう。また……よかったら遊びに来て欲しい……その……母が喜ぶし……」 「それから?」 「……うん、……その、今日は……途中で眠ってしまってごめん」 「いいんだよ。俺たちの初恋はもう歩き出している。だから……焦らなくても」  想の可愛い後悔は、俺にとって次へ繋がる土産となる。 「それじゃ、行くよ」 「あ……うん……じゃあ……」  駅の改札で、名残惜しそうに手を振る想を見つめると、10年の時を一気に遡った気持ちになった。  あの頃の甘酸っぱい気持ちが、ぐんぐん蘇ってくる。  そうだ、こんな時は次の約束をしよう! 「次は俺の実家に来てくれよ。俺の母さんも想が来たら絶対に喜ぶよ」 「嬉しいよ。あ……でも駿のご実家は引っ越したんだよね。今はどこに?」 「今度は森の中さ!」 「?」 「ははっ、同じ神奈川県内だが、今度は海が見えない場所なんだ」 「そうなの? うん、行くよ。僕も行きたい」 「その時はさ、おばさんと一緒に遊びに来るといいよ。想のお母さんの橋渡しもしたいんだ」 「いいの? 母のことまで、本当にありがとう」  想が長い睫毛を伏せて、優しい口調で礼を言う。  心底嬉しそうな様子に、俺の心も満ちていく。  想のお父さんは大企業の商社マンで、昔から仕事が多忙で、いつも海外を駆け巡っていた。だから日本に残された一人息子の想とお母さんの結びつきは、とても深いのを知っている。  想の大切な人は、俺にとっても大事な人なんだ。  端から見たらマザコンとか過保護という言葉を浴びそうだが、そんな言葉で簡単に片付けて欲しくない。 子が親を想う気持ち 親が子を想う気持ち 赤ん坊で生まれた俺たちは、色々な人に助けられて成長してきたんだ。だから人様に勝手に変なレッテルを貼るのではなく、その人をよく見て、折り紙をつけていきたい。  想は思いやりのある優しい人間だ。上品で柔らかい物腰は、接する人の気持ちをも砕いていく。  これって亡くなったばーちゃんの受け売りか。そういう俺もイマドキでないのかもな。 「じゃあ、また連絡するよ。仕事でもまた会えるしな」 「そうだね」  想は駅の改札で、俺の背中を見えなくなるまで手を振っていた。  想の心の柔らかさが、心地良い。  想といると、情緒というものを感じる。  何気ない日常が輝いて煌めいて、何気ない一瞬に得も言われぬ美しさを感じ……心動かされる。    その晩、独身寮に戻って、俺はすぐに実家に連絡をした。  有言実行がモットーだからな。 「もしもし母さん」 「駿、元気にやってるの?」 「あぁ何とか」 「どうしたの? 何かあったの?」  こういう時は妙に察しがいいんだよな。 「うん、あった」 「……何か大変なこと?」 「いや、逆! 嬉しいこと」  最高に嬉しいことだ! 「まぁそんな弾んだ声、久しぶりね。母さんにも教えて」 「想を覚えてる?」 「当たり前でしょう! あ……もしかして由美子さんにも会ったの?」 「あぁ、先月英国から戻ってきたらしいよ。母さんに会いたがっていた」 「まぁ、嬉しい! 私も会いたい」  俺の母さんはさっぱりした性格なので、連絡が途絶えてしまった事よりも、再び会える事を喜んでいるのが伝わってきて、安堵した。 「今度そっちに連れていってもいい?」 「いつ? いつにする? 早く会いたいわ」 「せっかちだな」 「あら、そうかしら? どんどん決めて行かないと、物事ってなかなか動かないじゃない! 出来ることは出来る時に、した方がお得よ」 「母さんらしいや」   電話の向こうで、母さんが手放しで喜んでいるのが伝わってきた。 「駿、良かったわね。あなたは……あれから……ずっと想くんを探していたでしょう」 「……知って?」 「息子のことだもの……私だって心配していたのよ」 「ありがとう」  俺の母も想のお母さんも、子を想う気持ちは同じなんだな。    その晩、想の夢を見た。  最初は淡い口づけを交わすだけの夢だったが、次第に深まっていった。  今日……初めて挿入した舌先よりも、もっと深い口づけへと。 「想……止まらない……もっといいか」 「あっ……待って……駿」 ぐらっと揺らぐ想の腰に手を回して、グッと持ち上げるように支えて身体を密着させると、俺の下半身がじんと熱くなった。そして想のものも固く張り詰めているのを布越しに感じ、期待が高まった。 「想……ここ……辛そうだな」 「ん……辛いのは……駿も同じ」  なんと! 想が躊躇いがち、そこを手で撫でてくれた。 「あ……よせ! やっ……ヤバイ!」  ガバッと飛び起きた時には、時既に遅しだ。 「あーあ、これじゃ高校生みたいだ……いや高校生以下か」  苦笑しながら、月曜の朝から湿ったシーツとパジャマを洗濯機に放り込んだ。  ただ昔のように想を身勝手な妄想で汚してしまった罪悪感はなく、何かが抜け落ちたようなスッキリした気分になっていた。  こんな風に、夢で逢うのも悪くない。  じっくりゆっくり歩めるのは、想との間に確かな愛があるからだ。  どこにもいかない、俺たちの初恋があるから……  

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