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歩み出す初恋 4

「あら、想は?」 「さっき駿と外に出掛けたわ。それにしても、二人がまた仲良く過ごせて本当に良かったわね」 「……あ、あのね」  由美子ちゃんは、そのまま思い詰めた表情で俯いてしまった。 「……ご、ごめんなさい」 「まぁ、どうして謝るの?」 「……想について話さないといけないことがあって……」  由美子ちゃんが言いたいことは、大体分かっていた。  この10年間、私もずっと考えていたことだから。  あの日、想くんが海外に旅立つことを知り、雷に打たれたように空港に向かって走り出した駿。  夕方、滅多なことで泣かない息子が目を真っ赤に腫らして帰って来て、そのまま二階に駆け上がって暫く出てこなかった。  やがて駿の部屋から次々と飛び出した紙飛行機は、青空に向かって飛び立てずに、庭先に落下していった。  そっと拾って中身を確かめると、それは想くんのノートの切れ端だった。  想くんの丁寧な文字は、全て滲んでいた。  駿の後悔で滲んでいた。  見ていて胸が切なくなったわ。  8歳から仲良しだった二人の間に、何があったの?   駿……あなた一体何をしたの?  もしかして想くんを深く傷つけてしまったの?  落ち込んで傷心した息子に直接問い詰められず、私は見守ることしか出来なかった。  やがて月日は流れ、大学生になった駿が頻繁に女の子と付き合っては別れる様子に溜め息が漏れた。このままでは相手に失礼だし、駿にとっても良くないわ。  無理して女の子と付き合って……忘れようとしている相手がいるのね。  それは……きっと……想くんなのね。  そう確信した途端、あの日の紙飛行機が私の前を通り過ぎて、青空に飛び立った。  飛ぶなら、一番大切な場所に届いて欲しい。  親なら、そう願ってもいいでしょう。  だから駿に言ったの。  …… 「駿、あなたにとって一番大切な人を見失わないで、私はどんな相手でも応援するわ」 「母さん……それって……」 「諦めないで、真っ直ぐ前に飛んでいけば、いつか辿り着くわ」  ……  あの日……息子の背中を押したのは、私。    「駿は、この10年間、ずっと苦しそうだった、息が出来ない位に辛そうだったの」 「あ……想も……想もなの……ずっと苦しんで」 「駿は10年経っても、想くんが好きなままよ」  思い切って踏み込むと、由美子ちゃんが目に涙を溜めて頷いた。   「想も……ずっと駿くんが好きなの」  この『好き』は幼馴染みや親友としての友情の好きではなく、同性愛を意味していることは、重々理解している。 「由美子ちゃん、私達、受け入れて見守ってあげない?」 「……ほ、本当に……そうしてもいいの?」 「当たり前じゃない。私達、いつも話していたわよね。大切な子供が見つけた幸せを大切にしてあげたいと……」    そんなの現実離れした綺麗事かもしれない。  理解良すぎと、非難されるかもしれない。    でもね、当事者にしか分からないことがあるのよ。  10年、この10年を経て……見つけた答えがこれなのよ。 *** 「んっ……」 「想にもっと触れたい」  想の腰を掴んでいた右手を上へと動かすと、想は驚いたように身を捩った。 「大丈夫、布越しだ」 「あ……っ、でも」   ワイシャツの布越しに胸元に手を当てると、ドクドクとすごい音がした。  あの日……トンネルで想の濡れた胸元に欲情したのを思い出す。  あの頃の俺は毎日悶々として煩悩の塊だったなと苦笑した。 「しゅ、駿……僕の胸なんて……平らで……触っても面白くないよ」  想は俺を見上げて困ったような顔をしていた。 「想は嫌か」 「……意地悪だ……はぁ……っ」  先ほどから息が上がっているのには、気付いていた。わざと胸の小さな尖りに指先をひっかけると、想の頬がますます上気していく。 「はぁ、その顔、可愛すぎ」 「しゅ、駿……そろそろ帰らないと。お母さんが……」  いかにも優等生の想らしい発言だ。 「そうだな……10年待ったんだ、焦らないよ」 「でも……あんまりゆっくりだと……僕がもたないかも」 「えっ、今……なんて言った?」 「な、なんでもない! 忘れて――」  想は焦った様子でワイシャツの皺を伸ばし、ネクタイをキュッと締め直していた。 「なぁ、今度はもっと脱がせやすい服で来てくれよ」 「なっ、何を言って」  大胆かと思えば、初心な想。  俺の初恋の相手は、今日も可愛い。 「栄養補給したし、そろそろ家に戻るぞ。あ、そうだ……想、あのさ……俺の母さんも味方だから安心しろよ」 「えっ……どういう意味?」 「言葉通りだ。想とのこと……俺、母さんに隠すつもりはない」 「しゅ、駿……」 「つまり、この10年……準備していたのは、想だけじゃないってことさ!」             

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