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歩み出す初恋 5

「今、なんて……」 「だから、俺たちのことは、もう母さんに話しているんだ。想がおばさんに話したように、俺も……」 「う……嘘っ」  想の顔が、ぐしゃっと歪む。  少し色素の薄い瞳から、透明の雫が溢れ落ちていく。  まるで朝露のように澄んだ涙の粒に、そっと指を伸ばした。 「お、おい……どうして泣く?」 「だって……申し訳なくて……おばさんに申し訳なくて……僕……男……だから……何も残せないのに……」 「それを言ったら、俺だって同じだ。想は一人息子なのに」 「うっ……うっ……」    想が不安そうに震えたので、優しく包み込んでやった。  俺の腕の中で、想は小さな嗚咽を漏らした。 「それでも……僕は……僕は……駿が好きなんだ。高校の時は……それが怖くて逃げてしまったが……もう僕は逃げない。ここが僕の場所なんだ」 「ありがとう、想……俺を選んでくれて」  正直に言うと……想の葛藤は、俺の葛藤でもあった。  高校時代、あんな別れ方をして自暴自棄になり、何人もの女の子と付き合った。このまま流れに任せて女性と結婚してしまえば、想を完璧に忘れられるのかと意気込んだこともあった。  だが、どうしても忘れられなかった。  想が消えた白い雲の先まで、真っ直ぐに紙飛行機を飛ばそうと決心してからは、俺は変わった。  だから去年、俺の気持ちを、とうとう母に打ち明けたんだ。 …… 「母さん、ちょっといい?」 「まぁ、どうしたの?」 「うん……少し改めて話しておきたいことがあって」  いつも大雑把であっけらかんとしている母が、さっと真顔になった。  警戒されているのかと不安が過るが、俺の気持ちは変わらない。 「ふぅ、あのね……あなたから話してくれる日をずっと待っていたのよ。やっとなのね……話って、想くんのことよね?」 「え! なんで……知って?」 「ふふっ、何年あなたの母親をしていると思って?」 「あ……母さん……ごめん……俺、迷惑かけることになる」  ガバッと頭を下げると、母さんが怒った。 「駿、それはないわ。それじゃ想くんのこと恥じているようよ」 「あ……違う、そうじゃない! 想は……想は……けっして恥じるような相手じゃない」 「そうでしょう。私も想くんのことをよく知っているわ。8歳で引っ越してきてから、あなたが想くんと親友になって、何度うちに連れてきたか覚えてる?」 「え? 流石に何回かは……」  母さんが明るく笑った。 「そうでしょう! 数え切れない程、連れてきたわ。あなたも数え切れない程、想くんの家に遊びに行ったわね」 「あ、あぁ……」 「想くん、大好きよ。とても優しくて心の澄んだいい子よ。お母さんも大好き! 普通と違っても、駿の幸せが大切なの。母親ってそういうものよ。ただ純粋に……子供がこの世に生きてくれくれて、笑ってくれて、好きな人と一緒にいてくれたら……もうそれだけで幸せものなのよ」  俺は母さんの息子で良かったと、この時しみじみと思った。 …… 「想……怖がるな」 「駿……怖くないよ。駿がいてくれるから」  まるで幼い頃、秘密基地を探検した時のようだ。想の手を引っ張って、同じ台詞を言ったのを思い出す。 「何も変わってないんだ。最初から」 「最初から……ずっと駿が好きなんだ。好きの気持ちも、僕と一緒に成長してこうなった」  想が俺の手を取って、自分の心臓にあてる。 「駿……僕ね……駿を……愛しているよ」 「そっ、想、ずるいぞ。抜け駆けは」 「え……」    想の顎を掴んで、こちらを向かせる。 「俺も愛してる……」  木漏れ日が祝福してくれる中、  小鳥のさえずり、小川のせせらぎをBGMに……  とても神聖で儀式のようなキスを、俺たちは交わした。   

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