54 / 161
歩み出す初恋 5
「今、なんて……」
「だから、俺たちのことは、もう母さんに話しているんだ。想がおばさんに話したように、俺も……」
「う……嘘っ」
想の顔が、ぐしゃっと歪む。
少し色素の薄い瞳から、透明の雫が溢れ落ちていく。
まるで朝露のように澄んだ涙の粒に、そっと指を伸ばした。
「お、おい……どうして泣く?」
「だって……申し訳なくて……おばさんに申し訳なくて……僕……男……だから……何も残せないのに……」
「それを言ったら、俺だって同じだ。想は一人息子なのに」
「うっ……うっ……」
想が不安そうに震えたので、優しく包み込んでやった。
俺の腕の中で、想は小さな嗚咽を漏らした。
「それでも……僕は……僕は……駿が好きなんだ。高校の時は……それが怖くて逃げてしまったが……もう僕は逃げない。ここが僕の場所なんだ」
「ありがとう、想……俺を選んでくれて」
正直に言うと……想の葛藤は、俺の葛藤でもあった。
高校時代、あんな別れ方をして自暴自棄になり、何人もの女の子と付き合った。このまま流れに任せて女性と結婚してしまえば、想を完璧に忘れられるのかと意気込んだこともあった。
だが、どうしても忘れられなかった。
想が消えた白い雲の先まで、真っ直ぐに紙飛行機を飛ばそうと決心してからは、俺は変わった。
だから去年、俺の気持ちを、とうとう母に打ち明けたんだ。
……
「母さん、ちょっといい?」
「まぁ、どうしたの?」
「うん……少し改めて話しておきたいことがあって」
いつも大雑把であっけらかんとしている母が、さっと真顔になった。
警戒されているのかと不安が過るが、俺の気持ちは変わらない。
「ふぅ、あのね……あなたから話してくれる日をずっと待っていたのよ。やっとなのね……話って、想くんのことよね?」
「え! なんで……知って?」
「ふふっ、何年あなたの母親をしていると思って?」
「あ……母さん……ごめん……俺、迷惑かけることになる」
ガバッと頭を下げると、母さんが怒った。
「駿、それはないわ。それじゃ想くんのこと恥じているようよ」
「あ……違う、そうじゃない! 想は……想は……けっして恥じるような相手じゃない」
「そうでしょう。私も想くんのことをよく知っているわ。8歳で引っ越してきてから、あなたが想くんと親友になって、何度うちに連れてきたか覚えてる?」
「え? 流石に何回かは……」
母さんが明るく笑った。
「そうでしょう! 数え切れない程、連れてきたわ。あなたも数え切れない程、想くんの家に遊びに行ったわね」
「あ、あぁ……」
「想くん、大好きよ。とても優しくて心の澄んだいい子よ。お母さんも大好き! 普通と違っても、駿の幸せが大切なの。母親ってそういうものよ。ただ純粋に……子供がこの世に生きてくれくれて、笑ってくれて、好きな人と一緒にいてくれたら……もうそれだけで幸せものなのよ」
俺は母さんの息子で良かったと、この時しみじみと思った。
……
「想……怖がるな」
「駿……怖くないよ。駿がいてくれるから」
まるで幼い頃、秘密基地を探検した時のようだ。想の手を引っ張って、同じ台詞を言ったのを思い出す。
「何も変わってないんだ。最初から」
「最初から……ずっと駿が好きなんだ。好きの気持ちも、僕と一緒に成長してこうなった」
想が俺の手を取って、自分の心臓にあてる。
「駿……僕ね……駿を……愛しているよ」
「そっ、想、ずるいぞ。抜け駆けは」
「え……」
想の顎を掴んで、こちらを向かせる。
「俺も愛してる……」
木漏れ日が祝福してくれる中、
小鳥のさえずり、小川のせせらぎをBGMに……
とても神聖で儀式のようなキスを、俺たちは交わした。
ともだちにシェアしよう!