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歩み出す初恋 10

 いつぶりだろう、こんなにも和やかな食卓は。  ニューヨークにいた頃の僕は、駿のことで悩み体調を崩すことが多かった。  日本にいた時よりも顔色も悪く、沢山の心配をかけてしまった。 お父さんの目には、僕は相変わらず病弱な息子にしか見えなかっただろう。 そして……僕もお父さんとの距離を測りかねていた。  幼い頃、珍しく野球に誘ってもらっては、公園に誘ってもらっては……いつもタイミングが悪く熱を出してしまい、もういい加減に呆れられてしまったと勝手に決めつけて、お父さんと何を話せばいいのか分からなくなってしまった。  お父さんは仕事がいつも忙しく母子家庭のような状態だったので、きっかけはやってこず……掴めなかった。 「お父さん、向こうでは健康に気をつけて下さい」 「あぁ、そうだな」 「あなた一人で……心配だわ」 「なぁに元気に帰ってくるよ。待ってくれる家族がいるのだから」  その言葉に、駿に想いを馳せた。  駿も……僕をずっと待ってくれていた。  薬指に指輪までして……  僕の行方も気持ちも掴めない中で、待ち続けてくれた。  その晩、自室に戻るとすぐに駿に電話をした。  直接声を聴きたくて――待ちきれなくて。 「駿!」 「本当に想から電話くれるなんて、夢みたいだ」  振り返れば……僕は駿に迷惑をかけたくなくて、自分から連絡をすることは滅多にしなかった。  当時の僕に出来ることは限られていた。  駿の部活が終わる頃に合わせて下駄箱で靴を履き替えたり、試験前にノートを貸すとか、そんな方法にしがみついていた。  ルートは他にもあったのに、冒険もせずに。 「駿、今日はありがとう」 「こちらこそだ! あれから親父が帰ってきて、想に会えなかったの残念がっていたよ」 「おじさんが……」 「親父さ、想を可愛がっていたから、目を細めてデレッとしてたよ」 「おじさん……会いたいな。あ……僕のお父さんのことだけど……」  駿が電話の向こうで、一呼吸置いたのが分かった。 「珍しいな、お父さんの話するなんて……何かあったのか」 「ううん、駿……僕ね、今日はお父さんと沢山話せたんだ。ちゃんと顔をあげて……」  子供のような報告だとは思ったけれども、駿には真っ先に話したかった。 「そうだったのか、話せたのか……良かったな。だから、さっきから想の声、弾んでいるんだな。凄く可愛いな。もっと聴きたい」 「えっと……」 「あぁ、なんかさ、想……俺、困っている」  困っているって、何だろう?  僕、何かしたかな? 「な、何を……」 「帰国した想は、10年ぶりに会った想は……」 「う、うん」  どんな言葉が待っているのか、ドキドキした。   「魅力的すぎだ! 俺の想像を遙かに超えていた」 「しゅ……ん」  意図せず、上擦った甘えた声を出してしまって、驚いた。 「わ、よせって、そんな色っぽい声、出すな。声しか聞こえないから……だから、電話はまずいって」 「え? そ、そうなの。ご、ごめん……胸がいっぱいで。駿に再会した時、成長しておきたくて……頑張ったんだ」  海外生活は、最初は全く馴染めなかった。  自分の意見を他人に主張するのが苦手で、クラスメイトから見た目の軟弱さを馬鹿にされたり、揶揄われる日々だった。  小学校の時に受けた嫌がらせを思い出して、心が凍りそうにもなった。  それでも日本から逃げた僕は、ここで逃げたらもう駿の元に二度と戻れない気がして、変わりたい、変わろうと頑張ったんだ。  顔をあげて声を出して……自分から輪の中へ。  だから駿からの言葉は、嬉しい贈りものだった。 「想のこと、今すぐ抱きしめたい」 「うん……抱きしめてもらいたいし、駿を抱きしめたいよ」 「ほら、やっぱり想は変わった!」 「え?」 「ただ待つだけじゃなくて、歩み寄ってくれるようになった」 「……そうなりたかったんだ。ずっと……」 「あぁ、どんどん膨らんでいくよ、想が好きな気持ち!」 「僕も……僕もだよ、駿!」 「今日のキスも……忘れられない」  僕たちは目を閉じて……  小川のせせらぎ、木漏れ日の中で抱きしめ合ったこと、キスをし続けたことを思い出した。  それから僕らはお互いの吐息を過敏に感じながら、耳を澄ました。 「なんだか、吐息でキスしているみたいだ」 「しゅ……ん」  離れていても、触れられなくても、すぐ傍に相手を感じる夜だった。                      「歩み出す初恋」 了 あとがき **** 初恋の出だしは順調のようです。 二人の初恋、この先、どんどん深めていきます。

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