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ラブ・コール 5
想は、随分遅いのね。
出掛ける時、顔色が悪かったから、どこかで貧血でも起こしてないか心配よ。身体の弱い私にそんなところまで似てしまったのかと思うと、申し訳ない気持ちで一杯になるわ。
ソファに座り数分置きに壁の時計を見上げていると、インターホンが鳴った。
「想!」
玄関を急いで開けると、主人が立っていた。
「あなた!」
「……私で残念だったか」
「いいえ! でもどうして?」
「もうすぐ赴任するからかな。最近……家族で過ごす時間が愛おしくなってな。私も歳を取ったか」
「嬉しいことだわ! 想ね、きっともうすぐ帰ってくると思うの」
「私の方が早いなんて、珍しいこともあるもんだ」
主人は機嫌が良さそうに、ネクタイを外しながら笑っていた。
「ひとりで行ってしまうの……やっぱり寂しいわ」
「一緒に連れて行きたかったが……今回が場所が場所だし情勢が悪いからな」
「気をつけて……どうか身体に気をつけてね」
そのタイミングで、玄関からカチャリを音がした。
「今度は想だわ」
「やっぱり嬉しそうだな」
「今日は特別頑張ってきたから」
「そうだったな」
玄関先に迎えに行くと、疲れた様子ではあるけれども、満ち足りた表情を浮かべた息子が立っていた。
「お母さん、ただいま」
「お帰りなさい。想、どうだった?」
「うん、大成功だった!」
「よかったわね、頑張った甲斐があったわね」
「お母さんのお陰だよ。あのね、これプレゼント!」
目の前に差し出された物は、可憐なそよ風のような花束だった。
「えっ……これ、どうして?」
「お母さん、あの……ずっと残業で遅くなった僕を支えてくれてありがとう。僕の体調を気遣って、いつも栄養のあるものを食べさせてくれてありがとう」
カーネーションに薔薇にかすみ草……
どれも大好きな優しい花で優しい色。
「綺麗! とても綺麗だわ。ねっ、あなた」
「え? お父さん、もう帰っているの?」
「想、お帰り。仕事、頑張っているんだな」
「あの……お父さんにはこれを」
想は重たそうな瓶の入った紙の手提げを、主人に渡した。
「これは僕が携わった新商品です。お父さんにいち早く飲んで欲しくて」
「ほぅ……『ラブ・コール』か、いい名前だな」
「商品名は駿の発案なんです」
「……駿くんって、あの駿くんか」
「はい、駿は別会社ですが、今回偶然にも共同開発事業で、一緒に仕事をしていました」
想がニコニコと嬉しそうに報告している。
今回の仕事の成功は、駿くんの影響も大きかったわね。
今まで以上に、想は頑張ったわ。
最大限の力を発揮していたわ。
「そうか、逞しくなったな、想」
主人も嬉しそう。
親なら誰もが思うことよね。
子供の頑張る姿、成長する姿は、いくつになっても嬉しいことよ。
花束には、想からの感謝の気持ちがたっぷり詰まっているようで、その香りと色合いに……どこまでも癒やされたわ。
「あら? ミントが入っているなんて珍しいわね」
「それは僕だよ、お母さん」
「まぁ」
甘い香りに包まれた清涼感。
若葉のような緑色の綺麗な葉っぱは、私の息子。
****
風呂に入り自室のドアを閉めた途端、今までの疲れが一気に押し寄せてきた。
ベッドボードを掴んで、こめかみを押さえながら息を整えた。
ふぅ……今朝、貧血を起こしたばかりだ。
僕の場合……無理は禁物なんだ。
もう長年付き合った身体だから、自分のことは自分が一番よく分かっている。
「駿……ごめん」
駿への想いが、じわじわと溢れてくる。
僕を家の前まで送ってくれて、そのまま江ノ島に泊まると言う駿と離れたくなくて、一緒に付いていきたい衝動に駆られた。
でも、ぐっと我慢した。
一晩しっかり眠って、この弱った身体の状態を整えておきたかったから。
「せめて……声だけでも」
駿が毎晩のように鳴らしてくれたラブコール。
今度は僕がかける番だ。
ベッドに仰向けになって、天井を見つめて深呼吸した。
「もしもし、駿……」
「想! まだ眠ってなかったのか! 今日は疲れただろう。早く休め」
「眠る前に、どうしても声を聞きたくて」
「さっきまで一緒にいたのに?」
駿が僕を焦らす。
「ラブコールなんだ……これは」
「あぁ、ずっと想からのラブコールを待っていたよ」
「駿……あのね……やっぱりサプライズは我慢できそうもないから、先に言ってもいい?」
「あぁ、明日が楽しみになることならいいぞ」
「うん……実は……明日、葉山にあるホテルを取ってあるんだ。だから……その……明日のラブコールは耳元でするよ」
「そ、想……それって……それって……きっ、期待してもいいのか」
「うん……ちゃんと出来るか分からないけど……頑張ってみたい」
電話の向こうの駿が、固まっている。
「驚かせた?」
「当たり前だ! 想はやっぱりかっこ良くなったな」
「ふぅ……やっと言えた。駿、よく眠れそう?」
「無理っ!」
「くすっ……僕は明日のために眠っておくよ。おやすみ……大好きだよ」
大胆なラブコールだった?
でも素直な気持ちだよ。
僕たち、明日もう一歩進もう!
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