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ラブ・コール 6

 電話を切っても、俺の興奮はすぐには収まらなかった。 「想、想……今、なんて言った?」 「もう一回言ってくれ」    あぁ俺、かなりしつこい男だ。  想が呆れる程、強請ってしまった。  想が寝落ちするまで、何度も問いかけてしまった。  宝物を手に入れてはしゃぐ子供みたいだった!  想と身体の全てを繋げる日が来るなんて。  それは、正直……ずっとずっと先のことだと思っていた。  いや、もしかしたら叶わない夢とも――  キスまでは許してもらえても、その先は想が嫌がったら耐え忍ぶ覚悟だった。  なのに、この段階で……まさか想から大きく歩み寄ってくれるなんて。  想、分かっているのか。  男が男に抱かれるハードルの高さを……  いや、想のことだから重々承知の上、出してくれた結論なのだ。    電話を切ると、手がじわっと汗ばんでいた。  深呼吸しても、ちっとも落ち着かない呼吸。  やはり、まだ信じられない!  とうとう居ても立ってもいられなくなり、俺はホテルを飛び出し、江ノ島の海岸に向かって、全速力で走り出した。  海風を斬るのは、いつぶりだろう?    最後に心臓が早鐘を打ったのは、いつだったか?  高校時代、サッカーの試合でグラウンドを縦横無尽に走り回ったあの日の煌めきを思い出す。俺はいつも頭の片隅に、体育館の階段付近で想が試合を見てくれているのを意識していた。    勝っても負けても、想の横に座った。  そっとぶつかる二の腕、掠める髪、想の笑顔、想の手……  全部に、ときめいていた。  どんなに夜の海を走っても、興奮は冷めなかった。  夜空の星が瞬き続けるのと同じだった。    流石に寝ないと……  そう思うのに、ギンギンに冴えてくる身体に苦笑した。  うわぁ……俺、十代の少年のようにガチガチだ。  参ったな。  それほどまでに、想からのサプライズは下半身にテキメンだった。  翌朝、俺は江ノ島の土産物屋の片隅に何故か置いてあったダサい下着を買い求めた。  あぁ~ こんなことになるなら、鞄の中に一式準備しておくべきだったな。  約束の時間になっても、想は鵠沼の駅に現れなかった。  うん、これも想定内だ。  昨日の想を思えば、無理もない。  疲れ果てた想の身体の回復は、俺のようにはいかないことを知っている。  想自身が一番自分の身体の事情を知っているだろうが、俺も想を八歳から見続けているのだから、想のお母さんの次位に、よく知っているよ。  今頃、寝坊して焦っている頃だろうな。  来ないのなら、迎えに行けばいい。  今だから言えること。 **** 「え! もう10時!」  10時って、駿と駅で待ち合わせした時間だ!  ど、どうしよう! とにかく連絡を。  ベッドから飛び起きたタイミングで、インターホンが鳴った。 「あら、駿くん」 「おはようございます。朝、早くすみません」 「あなた……昨日……もしかして想を送ってくれたの?」 「……はい」 「やっぱり……寄ってくれたら良かったのに」 「いえ、家族団欒の時間でしたから」  お母さんと駿の和やかな会話が聞こえてくる。  頭の中がパニックだ。  とにかく挨拶しないと。  そっと扉をあけて玄関を覗くと、駿とバッチリ目が合った。 「よう! 想、今、起きたのか」 「ご……ごめん」 「いいって、迎えにきたよ」 「まぁ、想ってば、あなた、まだパジャマじゃない」 「あっ」 「もう子供みたいに。ほら、駿くんと出掛けるんでしょう?」 「うん、着替えてくるよ」 「駿くんはあがって、コーヒーでも飲んでいって」  えっと……お父さんがいるのに、大丈夫かな。  あたふたと顔を洗いパジャマを脱いで……何を着ようか迷ったけれども、駿がスーツなのだから、僕もスーツを着た。  リビングに行くと、駿がお父さんとお母さんに囲まれてコーヒーを飲んでいた。  あり得ない光景に目を見開くと、お父さんに笑われた。  お父さんって……こんなに柔らかく笑う人だったかな? 「なんだ? 想は土曜日なのに出社なのか」 「あ……違くて……その、今日は駿と葉山に遊びに行く予定で」  僕には嘘はつけない。 「ほぅ? それはいいね」 「は、はい」 「葉山か……懐かしいな。あの界隈はお父さんとお母さんのデートコースだったんだよ」 「あなた、そうだったわね。懐かしいわ」 「よし、私達もデートするか」  ええええっ、それは少し……困るっ。 「でも、今日は会社に行くんじゃなかったの?」 「あぁそうだったな。じゃあ久しぶりに銀座デートでもしようか」 「いいの?」 「あぁ仕事はすぐに終わるから、車で一緒に行くか」 「えぇ」  今まで知らなかったけれども、僕の両親ってかなり仲がいい! 「想、そういうわけだから、ゆっくりしていらっしゃい」  お母さんが少女のように微笑む。  僕は自分の考えが、どうやら母には筒抜けのような気がして、頬を染めた。  マンションの入り口で、僕は青い車で、両親はシルバーの車に乗って別れることになった。 「楽しんでいらっしゃい。想……あのね、私達は今日は都内にお泊まりしてくるから大丈夫よ」 「う……うん」 「駿くん、昨日新商品のビールを飲ませていただいたよ。君のネーミングセンス、気に入ったよ。『ラブコール』か……そういうものが存在したことをすっかり忘れていたな。若い頃の情熱を思い出させてくれて、ありがとう」 「ありがとうございます。俺の……思いの丈を込めました」  まるで僕への言葉のようで、身体がカッと暑くなる。 「いってらっしゃい」  両親を見送って僕たちも車に乗ると、駿が助手席で明るく笑った。 「想の両親、昨夜はラブコールしあったのかもな」 「え!」 「想、俺たちも出掛けよう」 「うん……駿、昨日言ったことは本当だよ」 「あぁ……夢みたいだ」 「あ……あの、まずはどこへ?」 「車をホテルに停めて、海に行こう! 想、心配するなって。今すぐ取って食いやしないよ。少しリラックスしようぜ」 「あ……うん……」  僕は、今どんな顔をしているのか。  きっと駿に恋い焦がれた顔をしている。  夜になったら……駿の身体の重みを、この身に全て受け止めよう。  それは僕が十年という助走を経て越えたハードルの先に見つけたことだから。  もう待てないのは、僕の方だよ。    

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