75 / 161

ラブ・コール 8

久しぶりに裸足で砂浜に立つと、穏やかな熱が足裏にじんわりと伝わってきた。真夏の灼熱の太陽を浴びた砂は、ビーチサンダルを履かないと火傷しそうになるが、今は違う。  爽やかな風が吹き抜けていく。  太陽の熱もギラギラではなく燦々と降り注いでいる。  明るくキラキラした光の中を、僕たちは肩を並べて歩き出した。  穏やかな波の音をBGMにすれば、今なら何でも話せそうだ。 「想、裸足でキツくないか」 「大丈夫だよ。この位の温度は、心地良いね」  稲光を伴う雷雨や、燃え上がるキャンプファイヤーのような激しい恋よりも、夜空に浮かぶ月や星のように静かに瞬く、それでいて恒久的なものが好きだ。僕たちの恋も、そうであって欲しいと願っている。 「駿は僕が高校時代、天文部に入った理由を知っている?」 「うーん、星が好きだったから?」 「それはもちろんそうなんだけど……僕の星は……いつだって駿だったんだよ」 「想……それって最高に嬉しいよ」    身体が弱かったせいで……ずっと駿と同じ土俵に立てなかった僕が見つけた、駿に一番近い場所だったんだ。 「なぁ、この空、夜になったら星が綺麗に見えそうだな」 「うん、その予定だけど……もしも天気予報が外れてしまったら……無理かも」 「きっと見えるよ。少し位、雲が出たって合間に見えるさ」 「……でも厚い雲に阻まれて、全然見えなかったら?」 「その時は、雲の上に星空が広がっているのを、二人で想像するのもいいよな」 「……うん!」    駿の言葉は、いつだって僕を生き返らせてくれる!  さっきの言葉、響いたよ。  僕がずっと嫌いだった性格に、駿が光をあててくれた。  ずっと短所だと思っていたのに、それを長所と?  駿の言葉は魔法だ。  僕は僕を大切にしていいんだね。  自分の身体を自分で抱きしめると、胸の奥に大切にしまってある駿が好きな気持ちが、また一回り大きくなった。 「……どうして僕がこのタイミングでホテルを予約したか、駿は知りたがっていたね」 「あぁ、意外だったんだ。想の言う『いつか』はもっと……ずっとずっと先の未来だと思っていたから」 「……苦しくて」 「え? どうした? 無理させたか」 「違うよ。僕の心がもう駿で満ち溢れているからなんだ。苦しいくらい好きだ、駿」 「想……俺も同じだ、同じ気持ちだよ。だからこのサプライズは最高だ!」     10年間かけて募った想いは、実際に駿と会う度と更に膨れて……もう破裂しそうだ。  だから駿に、全部受け止めて欲しい。  僕も受け止めるよ。  駿の気持ちを全て、この身体で。 「想、近くにいい店があるんだ。海が見えるレストラン。そこでいいか」 「いいね、実は葉山はこの前たまたま通っただけで詳しくなくて……助かるよ」  家から葉山は距離的には近いが、道が狭いので車はいつも渋滞するし、電車だと乗り換えが多く最後はバスを利用しないとならないので、あまり来たことはなかった。だから鎌倉や湘南界隈が地元の人が訪れる機会は、案外少ないようだ。 「やっぱり葉山を選んで大正解だな」 「そうかな?」 「江ノ島だったら、菅野に会ったみたいに他の同級生に会う可能性が高いもんな。でも葉山なら可能性は低いから……想だけに集中出来る。ありがとうな」 「あ……良かった。僕も同じ理由で……ここを選んだんだよ」 「昨日、葉山のこととか……諸々下調べしておいたから、今日は全部、俺に任せろ」  駿の言葉は、心強い。  僕には駿と一つになるホテルを予約するだけで精一杯だったので、いろいろ準備不足でごめん。震える手で予約ボタンをクリックしたんだ。僕には大きな覚悟が必要だったから。 「おっ! 靴、無事だったな」 「うん」  脱ぎ捨てた靴は、ちゃんと元の場所にいてくれた。 「砂、ちゃんと落としてから履けよ」 「う……ん、でも……難しいね」  駿が手早く手で砂を払って靴下を履いたのに、僕はもたもたしている。 「俺の肩に掴まれ」 「あ……うん……でも……」 「いいから任せろ」  駿が僕の前にしゃがみ込み、僕の足首を掴んで持ち上げて砂を丁寧に払い出した。 「くっ、擽ったいよ」 「じっとしてろ」  駿の指先が、僕の足の小指に優しく触れた時、倒れ込みそうなほどの目眩がした。  僕……駿のことが本当に……本当に……大好きだ。  指一本でこんな調子では、この後、駿を全身で感じたら、どうなってしまうのか。 「ありがとう……僕……初心者だから頼もしいよ」 「しょ、初心者って!」 「あ……あの、葉山はっていう意味、いや……それだけじゃない……全部……初めてだから……こんな風に駿に足首を握られることも、小指に触れられることも……」 「わぁぁ……それ以上は今、言うな。ここから動けなくなる」  駿が突然ガバッと前屈みになってしまった。 「だ、大丈夫?」 「……シバラク、オマチクダサイ」 「駿ってば」  時計を見ると、チェックインまであと2時間50分。  一分一秒が愛おしい。 あとがき(不要な方は飛ばしてくださいね) **** 1時間を1話どころでなかったです。 今日は10分を1話でした。 こんな調子でゆっくりじっくりですが、二人の心がどんどん高まっていく様子を追ってみたいと思います。どうか気長にお付き合いください。

ともだちにシェアしよう!