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ラブ・コール 9
「駿、もう大丈夫?」
「あぁ……何とか封じた」
「……あの、今の……どこに、そんなツボがあったの?」
想がまたもや小首を傾げて、あどけない表情で聞いてくる。
あぁぁ、もう理性を保つのも大変だ。
さっき掴んだ想の足首、細かったな。
女とは全然違うのに、キュッと引き締まって色っぽかった。
足の小指も、綺麗なカタチだったな。
ヤ……ヤバイ、封じ込め作戦失敗だ。
「アトシバラク、オマチクダサイ」
「駿、砂を綺麗に取ってくれてありがとう」
想が靴を履きながら、ニコッとする。
トントンと靴で砂を蹴る仕草も可愛いくて、俺もニコニコだ。
「はぁー それにしても想は無自覚だなぁ。俺は昨日から興奮して眠れなかったというのに」
「ええっ、眠ってないの? あのホテル……アーリーチェックイン出来るかな? 電話してみるよ」
「や、やめろって。俺の中ではチェックインまであと2時間40分という時を刻んでいるんだ。乱すな~」
「こ、細かいね」
僕たちのちぐはぐな会話の後ろには、葉山の海がキラキラと輝いていた。
「とにかくレストランに行くぞ」
「う、うん」
レストランは白い建物の横に併設されており、大きな窓から葉山の海が一望出来た。
「わぁ、解放感があるお店だね。 あれ? あの江ノ島のお店と似ている?」
「あぁ、姉妹店だよ」
「そうなの? 知らなかったな」
「だから想の好きなしらすのピザもあるし、シーフードピザが美味しいらしいぞ」
「いいね」
白を基調とした店内を爽快に吹き抜けていく海風が、俺たちを歓迎してくれているようだった。
このまま、この時の流れに静かに身を任せよう。
「駿、何か飲もうか。 ワインがいい? それともビールにする? あっ、葉山の地ビールもあるみたいだよ」
「駄目だ。今日は俺も想も一滴も飲まない」
「え? でも車はもうホテルに置いたし、今日は泊まるんだから飲酒してもいいよね?」
あー、想のヤツ、もう忘れたのか。
「とにかく、今日は素面でいろ!」
「あっ……」
想は俯いたまま動かない。
明らかにあの日の宣言を意識し出したようで、耳朶がみるみる赤くなった。
「駿……でも……素面で大丈夫なの……? 僕に幻滅するかも」
「ばか、なにを心配してんだよ」
「ご、ごめん」
あのなぁ、それを言うのなら、俺はこの前も素面だったぞ。残業帰りに酒に酔った想に会ったんだから。酔って色気を増した想に、手を出さすにいた自分を褒めてやりたい。
あの日、スラックス越しに感じた想の膨らみに、今日は直に触れる。
暫くすると、熱々のシーフードピザとニース風サラダが運ばれてきた。ムール貝に海老、磯の香りがこんがり焼けたチーズと重なって、食欲をそそる。
「美味しそうだね」
「気に入ったか」
「まるで南仏のコートダジュールにいるみたいだよ」
「想は……いろんな国を旅したんだな」
俺の知らない想に少しだけ寂しくなるが……すぐにそれは一掃される。
「英国にいる時、とにかく色んな所に行ってみようと思って……その……知識を広げたかったんだ。世界を知って……駿を知ろうと……」
「なんで、そこで俺?」
想が擽ったそうに微笑む。
「駿は……僕にとって広い世界だったから」
「よく分からないが、じゃあ想は今どこにいるんだ?」
「駿の……」
「よく聞こえないぞ」
「駿の一番近くにいるよ」
「よく言えたな、その通りだ。そしてもう少ししたら……俺たちはひとつになる」
「う……うん」
あぁ、こんな台詞、想に言える日がくるなんて!
俺たちの感情はメラメラと燃え上がるのではなく、しっとりと混ざり合っていく。
店内の壁時計をチラッと見ると、13時30分だった。
「よし、次は涼しい所に行こう」
「どこ?」
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