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ラブ・コール 10
「想、こっちだ。このレストランは近代美術館に併設されているんだ」
「そうだったの?」
「だから美術館を少し観ていこう、なっ」
「いいね」
レストランを出ると左手に大きなガラス張りのエントランスが見えた。
想が大の美術館好きなのは、リサーチ済みだ。
静かな環境、空調の整った場所で、少し休ませてやりたかった。
午前中からずっと外を歩かせていたからな。
「あ……僕、ちょっとトイレに寄っても? 駿も行く?」
「……いや、待ってるよ」
「そうか、分かった」
あー 俺も相当な煩悩の塊だよなぁと苦笑してしまう。
男同士なのに、トイレに一緒に行くのを躊躇するなんて。
明らかに意識している。
あと数時間後、想を抱くことを。
「お待たせ!」
「あ……やっぱり俺も行ってくるよ。想はあそこの白いベンチに座っていてくれ」
「うん、そうするね」
想はいつも素直だ。
入れ違いにトイレで用を足そうとして、青ざめた。
待て待て!
こんな昭和なトランクスはないぞ! あり得ない!
江ノ島の土産物屋で何故パンツが売っているのか不思議だったが、急場しのぎとして購入してしまったんだ。
えっと……今時、親父でもはかない、らくだ色のトランクス。
これじゃ、俺たちの初めてが台無しだ。
それに、このスーツ、流石に明日は着られないぞ。
今日の宿泊はサプライズなのだから唐突で当たり前だが、せめて下着を持ってくる余裕が欲しかったなと苦笑してしまう。
でも、想らしいか。
想は……ホテルを予約するだけでキャパオーバーだったんだろう。
トイレから出ると、吹き抜けのロビーの長椅子に想が背筋を正して座っていた。
冷房の良く効いた心地良い空間にいるので、涼しげな横顔だった。
白い壁、白い天井。
大きな窓の先には、葉山の青い海の水面が煌めいていた。
想がその清らかな景色に違和感なく溶け込んでいる様子に、何故だか涙が浮かんだ。
清楚な想に、今日……選ばせる道。
同性で愛し合うって、きっと……失うものも沢山あるだろう。
いいことばかりじゃない。
俺たちは良くても、周りの目は容赦無いかもしれない。
それでも、選んでくれたのだ。
ありがとう、ありがとう……想。
心の中で呪文のように感謝の気持ちを唱えながら想に近づくと、すぐに振り返って、優しく甘く笑ってくれた。
あぁ、想は俺の初恋の人だ。
「駿、ありがとう」
「え……」
「僕と進んでくれて」
「なにそれ……それは俺の台詞だ」
「そうなの? じゃあ二人の気持ちだね」
「想は、本当にカッコよくなった」
想が、擽ったそうに笑った。
「そう言ってもらえるのは嬉しいけど……僕……やっぱり少し抜けているんだ」
「ん? どうした?」
「今日泊まるのに……準備していたカバンを忘れてきちゃった」
「……!」
想がお泊まりの準備をしてくれていたなんて、感激だ。
全部忘れるとか、可愛すぎだ。
「そのことだけど、美術館を一回りしたら、マリーナに買いに行こう」
「あ、そうか、現地調達すればいいんだね」
「いいか」
「もちろん。あの……出来たら……駿と色違いを買いたいな」
「はぁ?」
「駄目? サッカー部のユニフォームに憧れていたんだ。お揃いとか色違いって、いいなぁって」
「いい!」
最高にいい!
想は美術館の展示に夢中だったが、俺は通常運転で想に見惚れていた。
時計の針の音が、早まる鼓動と連動するように聞こえてくるよ。
「……あと一時間切ったね」
想が美術館を出た途端、ふぅと甘い吐息と共に、腕時計をチラッと見せてくれた。
意識しているのは、俺だけではなかった!
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