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ラブ・コール 12
ホテルに向かって歩き出すと、想の足が明らかにペースダウンして来た。
唇を噛みしめた思い詰めた横顔に、急に不安にかられる。
この先は、俺なりに二つのパターン用意していた。
一つ目は、二人で緊張しながらも定刻通りにチェックインする!
二つ目は、想が目前で躊躇し出したので、潔く『この次の機会にしよう』と明るく言ってあげる。
うーん、この場合は……やっぱり後者なのか。
思い返せば、想と再会してから今日まで順調過ぎたよな。
ここまでノンストップで歩めただけでも、すごい成果だ。
チャンスは今日だけではない。
もう……俺は想を怖がらせることだけは、絶対にしたくないんだ。
あれこれ考えを巡らせていると、想がとうとう足を止めてしまった。
「駿……あのね」
「ど、どうした……? やっぱりやめるか。俺は今日でなくても我慢するよ」
想が、キョトンとした表情で顔をあげる。
「えっ、違うよ。そうじゃない……あのね、やっぱりさっきのお店に、もう一度戻ってもいい?」
「ん?」
「僕もポロシャツを買いたいなって。明日の朝……僕はきっと青いポロシャツを着たくなるよ。だから……もう……そういう後悔はしたくなくて」
「想……なんだ、そっか……そうだったのか。よし行こう!」
……俺、ほっとして泣きそうだ。
「でもチェックインに遅れてしまうけど、いいの?」
「ばーか! これは嬉しい寄り道だ!」
「あ……あとね、もう一つ言わないと」
「今度はなんだ?」
「さっきの美術館……楽しかったのは本当なんだけど……実はね……」
「実は?」
ど、どうした?
叱られた子供みたいな顔をして。
「実は何を見たのかよく覚えていなくて。こんなこと珍しいんだ。ただ青い海と白い建物しか印象に残っていないなんて……こんなの展示に失礼だよね?」
想が肩を竦めて、ふわりと微笑む。
あぁ、つまりそれって、想が俺だけを見ていたってことだよな。
俺だけに染まって行く今日の想、すごく綺麗だ。
「ご……ごめん。僕……相変わらず一歩進んでは二歩下がっているよね」
「んなことない! 全部俺にとって嬉しいことだ! よしっ、急いで戻ろう」
俺と想は、バタバタとマリーナのmen‘sショップに戻った。
改めて冷静に見渡すと……海辺のセレクトショップらしく爽やかな装いの服が並んでいる。どれも想に似合うそうだな。きっと、ここは俺たちの行きつけの店になるだろう。
俺と色違いの青いポロシャツを買ってやると、想は嬉しそうに包みを抱え、スタスタと歩き出した。
やっぱり今日の想は可愛すぎだ。
気持ち揃えて、心合わせて『葉山・星と海のホテル』の前に、再び立った。
「入ろう」
「うん、僕がチェックインしてくるね」
「お、おう?」
こういう時、想も男だと意識する。
外国で長く暮らした想は旅慣れた様子で、高校時代からの成長を感じた。あの頃はもっと儚く繊細で、俺の後ろに隠れていることが多かったもんな。
「駿、お待たせ。707号室だって」
「よし、行くか」
エレベーターの中も廊下を歩く時も、心臓がバクバクだった。
「あ、あれ……っ、おかしいな」
震えてキーを上手く回せない想の手を、そっと包んであげた。
「落ち着け」
「ごめん。僕……意識し過ぎて」
「俺も同じだよ」
鍵が開く音が、ガチャリと響いた。
この先に待っている時間を想像すると、胸が一杯になる。
「入ろう」
「うん……」
鍵を閉めた途端、電気もつけずに、俺たちは自然と抱き合った。
「想、今日はよろしくな」
「駿……僕の方こそ……よろしくね」
想の顎を掴んで、唇を優しく重ねた。
「ん……ふっ……」
蕩けそうな甘い声。
そっと想の心臓の上に手をあてると、想も俺の心臓に触れた。
高まる一方の鼓動を、互いにしっかりと感じ合った。
「俺も想と一緒だ。同じだから怖くない」
「うん……駿の心臓もすごい……ね」
額をコツンと合せて、一度だけ、深呼吸。
この後はもう止まらなくなりそうだ。
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