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ラブ・コール 23

 窓の外には、大海原が広がっていた。  葉山の海は硝子のような透明感があって、太陽を反射してキラキラと輝いている。 「新しい俺たちに相応しい光景だな」  想が風呂に入っている間に皺くちゃになったシーツを直していると、じわじわと喜びが込み上げてきた。  ここで昨日、想と一つになれた。  思い返せば、今まで俺が経験した中で一番静かな逢瀬だった。  派手な喘ぎ声もなく硬質で、それでいて柔らかく深いものだった。  想の詰めた息づかいと濡れた水音の中、ベッドの軋む音が妙に大きく聞こえた。  とにかく……俺は耳を澄ますことに集中した。 想を怖がらせたくない。  想に気持ち良くなってもらいたい。  最大限に想を気遣うことは、俺の喜びに直結していた。  蕩けだした想が初めて喉を震わせ啼いた時は、鳥肌が立った。  想の中に潜り込んでひとつになれた時は、涙が溢れた。  快楽の一興ではすまされない儀式めいた神聖な時間を、共有した。  二度目の逢瀬は持ち越しになったが、それで良かったと思っている。  俺の愛撫で想が気持ち良く眠りにつけたのなら、俺はその眠りを守る騎士でありたいと祈ってしまった。  俺の中に、こんなに辛抱強くロマンチックな面があるなんて!  恋は人を変える。  愛は人を育てる。   **** 「想、ちゃんと肩まで浸かれよ」 「うん、分かったよ」 「朝ご飯はルームサービスを取ったぞ」 「えっ、そんな贅沢……」 「贅沢でもないさ。俺たちは夕食を食べ損ねているし」 「あっ……そういえば……結局、水分以外何も……」 「だろ?」    お互いの身体に夢中になり過ぎて。  人が人に欲情する力って、食欲を超えてしまうのか。  僕はこの歳になるまで、何も知らなかった。  ふと湯の中の自分の身体を見下ろして、ギョッとした。  胸から腹部にかけて、柔らかい肌に点々と散らばる赤い痕は…… 「こ、これって……キスマークだ」  お湯が沸き立ちそうな程、身体が熱くなった。  僕は男なのに……男なのに……嬉しかった。  1.2.3……7   まるで夜空に瞬く北斗七星のように、それは僕の身体に刻まれていた。  駿とひとつに溶け合うことが出来た証のように。  照れ臭いのと嬉しいのと、渋滞する感情を整理したく、湯船の中で膝を抱えてじっとしていると、駿がやってきた。 「想……もしかして怒っているのか」 「え? どうして?」 「……身体に痕をつけてしまったから。でも……服を着た時に見える場所にはつけていないぞ……細心の注意は払ったんだ」 「くすっ……大丈夫だよ……むしろ……嬉しいよ」 「ほ、本当か」  駿が破顔する。  27歳になった駿が少年のように無邪気に笑う姿は、僕だけに見せてくれるものだと思うと、愛おしさが募る。  その後、駿とお揃いのパンツとポロシャツという格好で、朝食を食べた。  普段は食が細いのに、焼きたてのトーストとブルーベリージャムが美味しくて、夢中になった。 「ふぅ、お腹いっぱいだよ」 「俺は、もう少しかな」 「え?」 「こっちに来てくれ」    モーニングティーを飲んでいると呼ばれたので前に立つと、グイッと腰を抱かれた。 「想のここ……美味しそうだ」 「えっ」  青いポロシャツの裾を捲られ、胸元を露わにされた。  駿の大きな手が、大きく胸を撫で上げてくる。 「しゅ、駿……?」 「昨日、ここを沢山弄ったの、覚えているか」 「う……ん……変な感じがして……大変だった」  チュッと駿が突然胸の尖りにキスをしたので、目を見開いた。 「あっ、や……もう……駄目だよ」 「ここで気持ち良くなるのか」 「わ、分からないよ」  今度は駿の手がボクサーブリーフの前を撫でたので、ビクッと肩を揺らしてしまった。 「しゅ……しゅーん?」 「なぁ、想、ここに触れられるの、今日限りじゃないよな?」 「もちろんだよ。僕たち、また一つになろう」  以前の僕だったらとても言えないよ、こんな台詞。  でもね、僕は僕がしたいことに正直になると誓ったんだ。   「良かった。それを聞いて安心した」 「……そろそろチェックアウトの時間だね」 「名残惜しいが、次の楽しみに向かってスタートしよう」 「うん」  身支度を調え荷物をまとめ、部屋を後にした。  ここに入る前とは、違う僕を連れて。  

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