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ラブ・コール 24

 チェックアウトを済まし、外に出た。  海風を全身に浴びて深呼吸。 「想、風が気持ちいいな。このまま少し歩くか」 「うん」  海辺に降り立つと、目の前に開ける世界にハッと息を呑んだ。  世界はこんなに色鮮やかだったろうか。  まるで生まれ変わったように新鮮に見える。  青い空も青い海も少しのグラデーションの差で、しっかり繋がっているように見えた。  まるで僕と駿のように。 「昨日よりも、景色が鮮やかに見えるな」 「僕もそう思ったよ。新鮮な気分だね」  駿の白いポロシャツが風ではためけば、僕の青いポロシャツも同じようにはためく。  僕たちは、まるで海に浮かぶヨットのように風を受け止めて、前へ前へと進んでいく。  この先どこへ辿り着くのか分からないが、不安はなかった。  駿と一緒だから。 「想、疲れないか」 「うん、大丈夫だよ」    ただ少し腰に違和感を抱いていたので、いつもより歩く速度が落ちてしまう。  そんな僕に呼吸を合わせて駿が歩んでくれるのが、こそばゆい。  暫く無言で歩いていると、人気のない場所に辿り着いた。  そこで駿が、僕をじっと見つめた。  口を開いては戸惑いがちに、閉じてしまう。  何だろう?  まだ熱を孕んだ視線に射貫かれて、胸が高揚した。  この視線に絡め取られ、肌を重ねたのを思い出してしまうよ。 「想……あのさ……その……やっぱ……痛かったか」  駿が明後日の方向を向いて聞いてくる。  耳朶を真っ赤にして。    ずっと何か聞きたそうだったけれど、それだったんだね。   「……うーん」  答えに窮した。  痛かったといえば、痛かったよ。    身体の奥、侵入を許したことのない場所を、ゆっくり慣らされながらも確実に押し広げられる行為は、異物感と圧迫感で苦しかった。    だが、それだけではなかった。  それを超えるものがあったんだ。 「愛おしかった」  それが答えだ。  身体を繋げたことで何を得られたかと問われれば『愛しさ』だと答えるだろう。 「そ、そうか……ありがとうな。俺も同じだ……全く同じだ」  海辺に人はまばらだ。  僕たちは波打ち際で、そっと手を繋いだ。   手を伸ばせば届く距離に、愛おしい人がいる。  波に足を攫われそうになっても、駿がつなぎ止めてくれる。 「強さと逞しさを兼ね備えた駿は、僕の永遠の憧れだよ」 「それを言うなら、優しくてやわらかな想は、俺の永遠の宝物だ」  憧れと宝物は繋がっている。  ふっと微笑みあって、額をコツン。 「そろそろ帰るか」 「え、もう?」 「明日から仕事だろう。想は自分で思っているより疲れているんだ。帰りは俺が運転するよ」 「……分かった。そうするよ」  僕以上に僕を知ってしまった駿の言うことは、素直に聞こう。  でも……少し寂しい。  まだ駿の余韻の残る身体が、そう訴えてくる。 「困ったな……」 「どうした?」 「……帰りたくない……あっ……ごめん」 「想~ 反則だ。連れ去りたくなるだろう!」 「ご、ごめん! 僕……何を言って」 「あーもう! 必死に我慢してるのに」    駿が僕を岩陰で、ギュッと抱きしめてくれる。  お互いの高ぶりを感じると同時に、温もりを供給してもらい、ようやく心が落ち着いてきた。 「想……分かるだろ? いつも想っている」 「うん……またすぐに会おう。次の週末は、僕が遊びに行くよ」 「いいのか」 「もちろんだよ。そうしたいんだ」 「嬉しいよ。想からの積極的なお誘い!」 「積極的って……」  まだ何も言っていないのに、二人ともあからさまに意識して真っ赤になっていた。  これが僕の初めて――  きっとこの先何度も駿と思い出す、大切な日だ。                        『ラブ・コール』 了

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