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スタート・ライン 1

「想、また会おう!」 「うん、今度は僕から会いに行くよ」 「ありがとうな! 強い気持ち……嬉しいよ」  髪をくしゃっと撫でられると、擽ったい気持ちが飴玉みたいに転がった。  青い車の前で、駿とは暫しのお別れだ。  名残惜しい気持ちはひしひしと募るが、今日限りではない。  今日が始まりなんだ。  そう思うと、明るく微笑めた。 「想、いい笑顔を浮かべてくれるようになったな」 「そ、そうかな?」 「昔はいつも別れ際に、とても寂しそうだった」 「うん……寂しかったんだ」 「……俺もだよ」  僕たちは同時に過去を遡る。  幼い頃、駿がお見舞いに来てくれるのが嬉しかった。  高熱でうなされていた時も、咳が止まらずて身体を折り曲げて苦しでいた時も、ずっとずっと待っていた。  駿に会いたくて、溜まらなかった。  駿の笑顔は、苦い薬とは真逆の甘い薬だった。  でも日が暮れて、帰ってしまう時は、猛烈に寂しかった。  もしかしたら、もう来てくれないかも。  そんな不安は、いつもつきまとった。  駿はクラスの人気者でサッカーの練習も忙しいから、学校を休んでばかりの僕なんて、いつか忘れられてしまうのでは?  そんな不安を抱いていた。  あの頃の僕は、心も身体も弱かった。  だから……駿は「お大事に。また来るよ」と言ってくれるのに、僕の方から「また来てね」とは素直に言えなかった。  本当は来て欲しかったのに駿を縛りたくなくて……ただコクンと頷くだけだった。  でも駿は有言実行の人だった。 「想、ほら、今日のプリント。ノートは汚い字だけど」 「想、また来るよ! 必ず来るから、いい子にな」  約束を守ってくれる。  そのことが当時の僕にとって、どんなに励みになって嬉しいことだったか。 「駿、ありがとう。僕と……」  ひとつになってくれて。 「俺の方こそ、ありがとう。想と……」  ひとつになれて、うれしい。  最後まで言葉に出さなくても、僕たちには通じるものがあった。  心が通い合っているから。  男同士でも、こんなに深く繋がれるんだね。      駿を見送って自宅に戻ると、誰もいなかった。 「あれ? お父さんもお母さん、本当に東京に泊まったの?」  最近お父さんが変わった。  単身での海外赴任が近づいているからなのか、お母さんと仲睦まじい様子が嬉しいよ。  幼い頃から心配ばかりかけて、お母さんは、お父さんより僕にかかりきりだったから申し訳ないことをした。  お母さんを独り占めしてごめんなさい。  洗濯物がそのままだったので、自分のものも一緒に洗った。駿がざっと汚れは落としてくれたけれど、流石にこれを親に洗ってもらうのは恥ずかしいよ。  洗濯機をかけている間に、納戸のクローゼットから冬物を探した。 「確か、ここに……」  駿との淡い思い出が詰まったダッフルコートは、綺麗にクリーニングされてしまわれていた。  取りだして胸にあてると、まだダブダブだったのには苦笑した。  僕、あまり成長していないんだな。  高二の冬から……  でも……それが今は嬉しかったりする。  今年の冬は、またこれを着よう!  そして駿と出掛けよう。  駿と手を繋いで……  駿との未来を考えられるのが、嬉しいよ。  洗濯物を干していると、玄関が開く音がした。 「お帰りなさい」 「想、もう帰っていたの?」 「少し前にね」 「そう、あら……洗濯物やってくれたの」 「うん……」 「ありがとう。珍しいこともあるのね」 「そ、そうかな?」  もう恥ずかしいやら後ろめたいやらで、感情を出さずに応対するのが大変だった。 「想にお土産だ」 「え?」  お父さんがショッピングバックを差し出したので受け取ると、中には紺色のサマーカーディガンが入っていた。 「その……近頃は冷房がキツいから、これを着るといいと思って」 「ありがとう」 「……サイズは、大丈夫だと思うんだ」 「うん」  取りだして胸にあてると、ジャストサイズだった。  お父さんが出しっ放しにしていたダッフルコートを手に取って、目を細めていた。 「このダッフルコート懐かしいな」 「うん、ちょっと……思い出して」 「想……あのな……あの頃は言葉が足りなかったが……ワンサイズ上を選んだのは、お前がうっかり手袋を忘れても温かいようにだったんだよ」  え? 今、なんて……?  お父さんも駿みたいに明後日の方向を向いて、耳を赤くしていた。 「そうだったのですか……僕はいつも病弱で華奢で、申し訳なかったんです。お父さんに少しでも似れば、もっとこれも似合ったのにって、当時……あぁ……そんな風に思ってくれていたなんて……」  僕も素直に気持ちを伝えられた。 「違うんだ! 想は想のままでいい。お父さんこそ、いつも大切な言葉を言わなくて……悪かった」 「僕の方こそ、ごめんなさい」 「謝らなくていい。こうやって今、こんがらがった糸が解けたんだから」  お父さんが躊躇いながらも、僕の肩をしっかり抱いてくれた。  逞しいお父さんは、いつだって僕の憧れだ。 あとがき(不要な方は飛ばして下さい) ***** 他サイトの情報で申し訳ありません。 高校時代のダッフルコートのエピソードは、エブリスタの7スター特典にSSを掲載しています。高校の制服に大きめなダッフルコートを着た想のイラスト入りです💓 https://estar.jp/extra_novels/26031506        

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