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スタート・ライン 4
「想は本当に頼もしくなったな」
「お父さんにそんな風に言ってもらえるなんて、嬉しいです」
「私は今度の土曜日に旅立つ。それまで、なるべく家族と過ごしたい」
「はい、僕もそうしたいです。……お父さん」
「なんだ?」
「すみません。ただ呼んでみたくて」
「……ありがとう、もう少し眠りなさい」
お父さんの存在を、こんなに近く親しく感じたのは、いつぶりだろう?
暗くなってから目覚めると、二人が楽しそうに喋っている声が居間から聞こえた。
少しだけ開いたドアの隙間から漏れる明るい光と声に、心から安堵した。
良かった、二人が仲良くしてくれて。
アメリカに行く前……一時期、両親が上手く行かなくなった時期あったので、この明るい雰囲気に思わず涙が溢れてしまった。
「うっ……う、う……良かった。もうお父さんとお母さんは大丈夫だ」
……
父があそこまで仕事優先になり、家族に余所余所しくなったのは、きっと僕のせいだ。
今思い返せば……僕が公園で発作を起こした時、母が父を「どうしてこんな曇って湿気の多い日に、外に連れ出したの?」と責めてしまったのが発端だったのかもしれない。
僕が小学校に馴染めず、都心から離れたここに引っ越す事になり、父には通勤時間の面でも、沢山の負担をかけてしまった。
僕が父から家族の大切な時間を奪ってしまった。
いつだって僕が引き金だったんだ。
そんな僕は……僕が大嫌いだった。
でもアメリカという広い世界に置かれて……漸く気付いた。
こんな風に……自分が嫌いな状態で、誰かを愛そうとか、誰かに愛されたいなんて、矛盾している。
僕が変わるしかないと。
いつまでも空の青さに恋い焦がれ、手を伸ばすだけでは終わりたくないと。
駿のことも、両親のことも、もう待っているだけの子供ではないのだ。
……
僕も二人の楽しそうな輪に加わりたくなり、明るい場所へ自ら向かった。
「お父さん、お母さん、楽しそうだね」
「想、起きたのね。もう大丈夫なの?」
「うん、熱も下がったし……お腹が空いたよ」
「お父さんと、今日はご飯を作ったのよ」
「え?」
「想の提案メニューを再現してみたのよ」
「そうなんだ。嬉しいよ」
それは『ラブ・コール』のビールに貼り付けたレシピの一つだった。
「お父さんってば、危なっかしくて大変だったのよ。でもなんか可愛かったわ」
「お、おい……まぁ想の発案レシピの肉豆腐は簡単で子供も大人も好きだし、酒の肴にもなるし、お腹にも溜まると、いいこと尽くしだ。ナイスアイデアだな!」
「良かった。確かお父さんの好物だったと記憶していたのですが……」
「……あぁ、そうだ。よく覚えていてくれたな。よしっ向こうではなかなか食べられないから、今日は沢山食べておくぞ」
「ビールを飲みますか」
「想も飲めそうか」
「はい。お父さんと飲みたいです。じゃあ着替えてきますね」
「いや、そのままでいい。私たちはもう少しフランクで行こう」
フランクとは、もっと素直になって、もったいぶらずに思ったことを言うことだ。お父さんからそんな提案を受けるなんて。
僕はパジャマ姿のまま、父と『ラブ・コール』で乾杯した。
ほろ酔い気分のお父さんは、どんどん饒舌になる。
「向こうに行ったら、お母さんと想にラブ・コールするよ」
「待っているわ」
「え? 僕にも?」
「当たり前だ。想は愛する息子だからな」
「あ、ありがとう。僕も……大好きなお父さんに電話します」
愛ってすごい!
言葉に出すと、もっとすごい!
駿、聞いて欲しい。
僕は駿のお陰で、愛を受け取ることにも届けることにも、臆病でなくなったよ。
駿が全身全霊をかけて愛してくれたから、自信を持てたんだ。
「ラブ・コールといえば、想が新作発表会の日にくれた花束のお店にも行ってきたのよ」
「ホテルオーヤマの?」
「そうそう。そこに泊まったの」
「そうなんだ。あ……もしかしてあの窓際の?」
窓辺のカウンターに涼しげなブルーと白のアレンジメントが飾られていた。
お母さんに寄り添った、優しく静かな佇まいだった。
「ふふ、お父さんが買ってくれたのよ」
「これを作ってくれた店員さん、どんな人だった?」
「それがね、とってもキレイな男の子で可愛かったわ」
もしかして、あの時の人かな?
葉山瑞樹さんは見ず知らずの僕を、心から心配してくれた。
心が澄んだ優しい人だった。
僕もそんな人になりたい。
落ち着いたら……お礼も兼ねて会いたいな。
僕も、僕をもっともっと磨こう!
また会いたくなる人になれるように――
あとがき(補足)
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葉山瑞樹は『幸せな存在』の登場人物です。今日は『幸せな存在』からもクロスオーバーしています。ランチは秋に実現しますよ♡
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