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スタート・ライン 8
お父さんを乗せた機体がスピードをあげて、どんどん上昇していく。
空を横切る飛行機雲を突っ切り、遠くに飛んでいってしまう。
「想、あれってまるでスタートラインみたいだな」
「本当に……」
やがて白い機体は雲に吸い込まれ、空に溶けて、完全に見えなくなった。
まるで父の存在ごと消えてしまったようで、急に怖くなった。
「もう……見えない」
これが父との長い別れの始まりだと思うと、今まで感じたことがない程の寂寥とした気持ちが込み上げてきた。
空へ向かって手を伸ばしても、もう空を掴むだけ。
もう……お父さんには、触れられないんだ。
すると虚しく彷徨う手を、駿がしっかり握りしめてくれた。
「想、大丈夫だ」
後一歩遅かったら、涙が止まらなくなっていただろう。
この場にしゃがんで、嗚咽していたかもしれない。
「想、目に見えるものが全てじゃない!」
「……そうだね。お父さんとは心が通い出したんだ。だから……」
「そうだ。お父さんは異国で頑張る。だから想もここで頑張れ」
「ありがとう駿……僕、今……自分を見失いそうになっていた」
ハンカチで目元を押さえて嗚咽するお母さんの肩を、僕はそっと抱き寄せた。
いつも僕の看病ばかりさせてしまったが、これからは僕がお母さんの心の支えになる。
「お母さん、僕たち……お父さんを応援しよう。僕たちはお父さんにとって唯一無二の家族だから」
「そうね、そうよね……想と駿くんが傍にいてくれて良かったわ。ううっ……」
お母さんは張り詰め、堪えていたものを溢れさせた。
「お母さん、空港で何か美味しいものでも食べようか」
「……もう、地元に戻りたいわ」
「じゃあそうしよう」
「そうだわ。あそこに連れていってくれない? 駿くんもよかったら一緒に」
「……しらすのピザ食べに行こうか」
「えぇ」
「駿も一緒にどうかな?」
「喜んで! じゃあ俺が運転するよ」
「え、でも……」
「その方がいい」
青い車は、来た道を戻る。
今度は駿の運転で。
途中、やはり涙で視界が何度か滲んでしまったので、駿の言う通りにして良かった。
「駿、さっきは急に現れて驚いたよ。お父さんと連絡……いつの間に?」
「俺が先に教えたんだよ」
「え?」
「想にしたみたいに古典的な技で……」
「あっ、コースター?」
「そう! 俺の携帯番号を書いて渡したんだ」
いつの間に……!
駿の行動力はすごい。
そして、それを受け取ったお父さんの気持ちと覚悟を思うと、最後に僕を駿に託してくれたお父さんは、やはり格好いい。
最高にカッコイイ。
「駿……聞いて。僕ね、ずっとお父さんみたいになりたかったんだ。小さい頃、大学時代のアメフトの試合映像を見たことがあったんだ。その時から……青い芝生を縦横無尽に駆け抜けるお父さんにずっと憧れていたんだ」
前を向くと景色がどんどん後ろに去って行く。
景色の先陣を切る。
こんな感覚なのかな?
グランドを全速力で走り抜けるって。
だから駿が校庭を走る姿に感動した。
「そうだと思ったよ。お父さんと話していて、その……俺と少し似てるなって」
「そうだったのか。あの、その……でもね……」
「だから一瞬、お父さんに妬きそうになった」
「え?」
そんな話をしていたら、後部座席に座っていたお母さんが「くすっ」と笑った。
「二人の会話が可愛くて……想は想らしく、駿くんは駿くんらしくが一番よ。それが長く仲良しでいられる秘訣よ。無理しないで、背伸びしないで……のんびり、じっくり、ゆっくりよ。何だかあなたたちを見ていると、私とお父さんが恋をして愛を芽生えさせた日々を思い出すわ」
「え? お母さんとお父さんって、恋愛結婚だったの?」
今更だが、聞いてみたくなった。
「ふふ、意外だった?」
「いや……素敵だね」
「想と駿くんも、いずれね」
「お、お母さんったら……」
お母さんが砂糖菓子のように、くすくすと甘く笑っている。
駿も僕も顔が火照って大変なのに。
窓を少し開けると、風がまだ見えぬ海のにおいを運んでくれた。
心が澄んでくる。
今日がスタートライン。
お父さん僕たちを認めてくれて、ありがとうございます。
お父さんが異国で頑張るように、僕たちは、ここで頑張ります。
今日はスタートラインに一緒に並べて、嬉しかったです。
空からの父の声が届く。
「想、頑張れ! 想、幸せになれ!」
力強いエールに励まされた。
『スタート・ライン』 了
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