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初恋の実り 1

 二度目の逢瀬を終えた僕たちは、余韻に浸りながら小一時間ほど手を繋いで、静かに身体を休めた。  僕の体力に駿が寄り添ってくれているのがじわりと伝わってくる。  身体に残る余韻が幸せ過ぎて、何度か泣きそうになってしまった。 「あっ、そろそろ……」 「……そろそろ帰るか」 「うん、お母さんが待っているし」 「よし、分かった。シャワーを浴びていけよ」 「ありがとう」 「想……身体、大丈夫か」  僕がよろりと起き上がると、駿も起き上がり背中をもたれさせてくれた。 「ありがとう。もう大丈夫そうだよ」 「想……好きだ」  静かに駿が僕を背中から抱きしめてくれる。  だから僕はそっと背中を預ける。  広がるのは、心地良い安堵感。 「カーテンをつける前に、抱いてしまったな」 「外から丸見えだったね」 「月も星も海も、俺たちの味方だから大丈夫だ」  窓辺に置かれたベッド。  まだカーテンの付けていない部屋で、駿とひとつになった。 「そうだね。駿、僕……この景色が本当に好きだ」  穏やかな海を照らす月光と瞬く星空。  幼い頃、喘息の発作で寝付けない夜が続いた。  そんな時、この景色を見て夜明けまで過ごした。  夜の海は僕を静かに見守り、星は僕を励ましてくれた。  明るい方向へ導いてくれたから。 「そう言ってくれると思った」 「部屋選び……じっくりしてくれて……ありがとう」 「さっきも話したが、三年後も視野に入れていたから、譲れなかったんだ」  近い未来も、遠い未来も、ちゃんと約束出来る幸せ。 「うん、三年後は一緒に朝を迎えよう。また週末に来るね」  僕から帰ると告げたのに、名残惜しさが募ってしまう。 「想、明日からは一緒に通勤しよう」 「え……いいの?」 「当たり前だ。いつもの交差点で待っている」 「うん」  小学校も中学校も、高校も、いつもいつも一緒だった僕たち。  一度は途切れたと思った道は、ここまで続いていたんだね。  確かな約束を持って帰宅すると、お母さんはまだ帰っていなかった。  そうか、友達と夕食を食べてくるって言っていたね。  もっと時間が経っていたと思ったけれども、まだ八時前だったのか。  静かな部屋に、ジジジ……と機械的な物音した。  見ると電話機がFAXを受信していた。 「あっ……」  散らばる紙を拾って確認すると、それは中東に赴任したお父さんからだった。 「お父さんっ」  現地との時差は7時間。ということは向こうは13時なのか。    この電話機がお父さんと繋がっている。    そう思うだけで、お父さんが恋しくなってしまった。  以前は海外に出張していても感じなかったのに……  思慕が募る。 …… 由美子、想、元気にやっているか。 今昼食を終えて時間が出来たので、柄にもなく手紙を書いている。 郵便では時間がかかってしまうので、FAXを使ってみることにしたよ。 こんな風に家族に手紙を書くのは初めてかもしれないな。 慣れないことをしている自覚はあるが、あらゆる手段を使ってでも、私は大事な家族と繋がっていたいんだ。 分かっておくれ。 由美子は最近パン作りに夢中のようだね。帰国したら焼き立てパンを食べさせてもらえるのかな? 朝からいい匂いだろうな。 君にはもう少し交友関係を広げ、いつも楽しく笑っていて欲しい。 想にもきっと良い友だちが出来る予感がするよ。 最近の想は変わった。 とても人を惹き付けるいい男になったな。 父さんの自慢の息子だ。 社会に出て間もないお前には、社会人の先輩として伝えたいことがまだまだ沢山ある。だが……離れた土地にいる私が出来ることは、一つだけだ。 想、頑張れ! 想、母さんを頼む。 想、ありがとう。 おっと、そろそろ午後の仕事に行かねば。 こちらは日中の最高気温はまだ高いが、朝晩は下がるので風邪をひかないように気をつけているよ。雨がほとんど降らないので乾燥している。潤いが欲しくなるね。 お前達を思うと心が潤うから、またFAXするよ。 ……  手紙は、お父さんの声、そのものだった。  お父さんの肉筆を指で辿っているうちに、自然と涙が溢れてきた。 「お父さん……会いたいです」  異国でひとり頑張っているお父さん。     お父さんのエールを噛みしめた。  お父さんが戻ってくるまでの三年間、僕は毎日を大切に過ごします。  お父さんのアドバイス通り、もっと世界を広げ、交友関係も広げて……人として魅力的になれるように努力します。  FAXは……お父さんからの愛情をのせてやってきた。  僕もお父さんに手紙を書こう。  残る言葉で、お父さんへの想いを伝えていこう。  遠く離れていても、出来ることがある。  あの10年を超えた僕だから。

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