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大切な人 5
「ここが俺の実家です。今、母を呼んで来ますね」
「あ、あの、この建物って、いつから建っているんですか」
瑞樹くんは何故かログハウスを見上げ、驚いた表情を浮かべていた。
「ここは中古で買った家なんですよ。俺が家を出た後に引っ越したので詳しい経緯は……でも母なら知っていると思いますよ」
「そうなんですね。すみません……呼び止めて」
「いいえ。あとで聞いてみますよ」
「ありがとうございます」
予想通り、瑞樹くんは控えめな性格のようだ。こんな所も想と似ているよな。
それにしても、このログハウスがそんなに珍しいのか? 俺には分からないが、人にはその人だけの大切なものがある。だからそっと見守ろう。
母が出てくると一気に賑やかになった。
「まぁまぁ! 今日は可愛いお客様なのね」
「こんにちは! ボクは、たきざわ めい。8さいです!」
「メイくん、可愛いお名前ね」
「ありがとうございます。えっとボクのパパと……ボクとパパが大好きなお兄ちゃんです」
「まぁ、うふふ」
芽生くんがハキハキ明るい声で受け答えする様子が、微笑ましい。
この子は……俺の小さな頃に少し似ている。
大好きなものに対して、真っ直ぐで物怖じしない所がさ!
俺も想に関しては最初からグイグイだった。毎日のように想の家に遊びに行き部屋に上がり込んで、ベッドに潜って……やんちゃな子供時代が懐かしい!
「芽生に先を越されちゃったな。はじめまして! 芽生の父親の滝沢宗吾です。今日はお邪魔します」
「芽生くん、紹介ありがとう。あの、僕は葉山瑞樹です。宜しくお願いします」
続いて宗吾さんと瑞樹くんも、和やかに挨拶をしてくれた。
この三人の雰囲気はどこまでもナチュラルで明るい。この家族はもうすっかり『仲良しチーム』で、絵に描いたような幸せな家族なのが伝わってきた。
「さぁ堅苦しいことは抜きにして、もうお昼よ。お腹ペコペコでしょう。早速ピクニックしましょう」
「私、可愛いサンドイッチを作ってきたのよ」
「由美子ちゃん、ありがとう。私は大きなパンをくり抜いたシチューを用意したわ」
すぐにログハウスの前にレジャーシートを広げて準備を始めた。
「想、手伝ってもらえる?」
「うん、荷物を持ってくるよ」
想が車から重そうバスケットを降ろそうとしたので、慌てて駆け寄った。
「俺も手伝うよ」
「ありがとう! 実はね……ちょっと重かったから助かるよ」
こういう時に素直に頼ってもらえるのって、気持ちいいな。
想は昔から、俺にはとても素直だ。
それがまたツボだ。
「わ! 本当だ! 滅茶苦茶、重たい!」
「芽生くん、さぁどうぞ」
「わぁぁ! すごい! お花のサンドイッチだ」
流石! 想のお母さんは本当に器用で料理上手だ。オレンジやマスカット、キウイを綺麗にカットして生クリームで挟んだフルーツサンドを作ってくれていた。断面が花の柄になっている。
それを見た芽生くんは満面の笑みで、瑞樹くんに見せに行った。
「お兄ちゃん、見て見て!」
「わぁ、これは綺麗だね」
「お花さんが咲いているの。お兄ちゃんの大好きなお花だね」
「そうだね」
想のお母さんが、今度は瑞樹くんを呼ぶ。
「瑞樹くんには、これを作ってみたの」
それはハムと玉子に切り込みを入れてお花のように見立て、食パンで包んだものだった。まるで花束のようだ
「あ……」
「……お好きじゃなかった?」
「いえ……違うんです」
それを手にした瑞樹くんは、突然肩を震わせ瞳を潤ませた。
「す……すみません。僕の亡くなった母も……よく同じ物を作ってくれたので……思い出してしまって……」
「まぁ……そうだったのね」
「小さい頃、これが大好きだったんです」
そうだったのか。
何か少しだけ寂しげなものを背負っている気がしたが、幼い頃に母親を失っていたのか。
「これはピクニックの定番メニューでした。まさか今日ここでいただけるとは……」
「あの、ごめんなさい。悲しいことを思い出させてしまったのね」
「いえ、嬉しいんです。またこれを食べられることが嬉しくて……うっ……」
次第に彼が綺麗な顔を歪ませ、澄んだ瞳を潤ませていく。
するとすぐに宗吾さんが駆け寄って、瑞樹くんの震える肩をガシッと抱き寄せ、続いて芽生くんが瑞樹くんの震える手をキュッと握った。
三人の阿吽の呼吸に、ハッと胸を打たれた。
あれ? 俺……なんで?
貰い泣きしそうだ。
「駿、とてもいい光景だね」
いつの間にか、想が俺の横に立っていた。
そして、俺とそっと手を繋いでくれた。
俺はその手を握り直し、指をしっかり絡めた。
「……みんな人知れず、何かを抱えて生きているんだね」
「そうだな。誰にでも上辺だけで計り知れないものがある。だから出逢った人のことは尊重したいし、大切にしたいよな」
「僕も同じ気持ちだよ」
風が吹くと、擦れ合う葉の音がさやかに聞こえてくる。
空からは鳥のさえずりが降り注ぎ、大地からは土の匂いが立ち込める。
自然豊かな森の中にいると、人の心は穏やかになる。
そして、ふいに泣きたくもなる。
俺と想も、自然と目に涙を溜めていた。
「僕には駿がいてくれるんだね」
「俺には想がいてくれる」
「とても有り難いことなんだね」
「あぁ……俺たちが今、こうやって一緒にいられるのは奇跡なんだな」
あとがき
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心の赴くままにクロスオーバーしています。
誰かがいることで、改めて気付くことってありますよね。
瑞樹サイドはいずれ『幸せな存在』で書きます。
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