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大切な人 7

「えっと、何をして遊ぼうか。ここにはブランコや滑り台とか遊具がないから、どうしたらいいのかな?」  いざ芽生くんと向き合って、はたと気付いた。僕は子供の遊びが分からない。自分自身が幼少期に原っぱを駆け回った経験がないから、思いつかないんだ。 「駿……どうしよう?」 「想、それなら現役の子供に教えてもらえばいいんじゃないかな?」  駿の言葉は、いつも僕をハッとさせる。    年上の僕たちが遊びをリードすべきだと思っていたが、それだけではないと気付かせてくれた。 「芽生くん、君の遊びを僕たちにも教えてくれるかな?」 「うん! いいよ! こっちに来て」  芽生くんが小さな手で、僕の手を握ってくれた。  可愛い引力が、擽ったい。  僕たちはログハウスの横に広がる森に足を踏み入れた。  森の中には木漏れ日がキラキラと宝石箱をひっくり返したように輝いていた。 「木漏れ日は英語だと……『sunlight filtering through trees』かな?」  ふと口ずさむと、芽生くんが目を輝かせた。 「そうくん、かっこいい! 今、じゅもんをとなえたの? じゃあ光のようせいさんがやってくるかも」 「よ、妖精……?」 「あ、あそこ! そうくんにも見える?」  芽生くんが指さす方向には、木漏れ日がゆらゆらとダンスを踊っているように見えた。 「そうだね、光の羽が見えるよ」  ただの木漏れ日なのに、確かに羽の生えた妖精のようだ。現れてはすぐにどこかに消え、またゆらりと現れる様子が神秘的だからかもしれない。 「あのね、ボク、さっきからここがおもしろそうだなって」 「ん? 落ち葉しかないよ?」  そこには黄色やオレンジの葉が沢山落ちていた。 「だれにもふまれていない、すごくきれいな葉っぱばかりだよ。そうくん、しゅんくん、いっしょにベッドをつくろうよ」 「ベッド? そんなの出来るかな?」 「ははっ、懐かしいな」  駿が上着を脱いで腕まくりをする。 「じゃあ、よーい、ドンで集めるか」 「いいよ!」 「ほら、想も一緒にやろう。単純だよ。ただ葉っぱを拾ってここに積んでいけばいいんだ」 「えっ、それだけでいいの?」  そうか……遊びってシンプルなんだな。ベッドの枠はどうするのか、シーツはどうするのかと、そんなことばかりに気を取られていたのに。 「想、深く考えないことがコツだ! まずは頭より身体を使うといい」 「うん! 分かった」  僕も腕まくりをして葉っぱを拾った。  都会で見るよりもずっと大きく色鮮やかで、綺麗な形を保っているものばかりだ。  身体を動かすことに集中していると、うっすら額に汗をかいてきた。  いい汗だ……熱を出してかく気持ち悪い汗とは別物だ。  ふと何気なく落ち葉を退けると、その下に黒いものが蠢いていた。 「何だろう?」    焦点が合った途端「ひっ!」と悲鳴を上げてしまった。 「わ、わぁぁー」 「想、どうした?」 「け……毛虫がいっぱい……しゅ、しゅーん」    外遊びの経験が少ないせいか、情けないことに虫が大の苦手で……駿に思わずしがみついてしまった。  駿はそんな僕を馬鹿にすることなく、逞しい腕でしっかり支えてくれ、背中を優しく撫でてくれる。 「想、大丈夫だよ。こいつはケバエという虫の幼虫だ。人畜無害だから安心しろ。葉っぱは腐葉土になるから虫がつくのさ」 「そ、そうなんだね」 「そうくん、だいじょうぶ?」 「ごめんね。こんなに驚いて」  恥ずかしい。  僕はもういい大人なのに、小さな虫にあんなに驚いて。  きゅっと唇を噛みしめると、芽生くんがまた手を握ってくれた。 「大丈夫だよ。あのね、いつもおばあちゃんが言っているよ。『みんな苦手なものがあって、それはひとによってちがって、それがあたりまえなんだよ』って。『おとなもこどもも、かんけいない』って。あのね……ボクはゴキブリが苦手だよ」  なんて素敵なアドバイスなんだろう。  僕はもう……僕の苦手を卑下しなくていいんだね。 「僕はそれも苦手だよ」 「この前ね、ボクの部屋にいたのー」 「えぇ? お部屋に? それはこわかったね」 「だよねぇ。パパがたいじしてくれたんだ」 「かっこいいね」 「想、俺もいつでも退治してやるぞ」 「うん!」  いつの間にか僕は芽生くんと楽しくお喋り出来るようになっていた。  そうか……仲良くなれるきっかけって、何気ないところに転がっているんだね。  やがて森の中に、落ち葉のベッドが完成した。 「わーい! できた! できた! すごく大きなベッドだよ」 「想、寝てみるといいよ。こういうの初めてだろ?」 「え?」    だって……落ち葉を重ねただけだよ? 沈んでしまうよ。  経験したことがないので怯んでいると、芽生くんが駿に何か囁いた。  途端に駿が破顔する。 「へぇ、いいことを知っているんだな」 「えへへ、パパがおにいちゃんにしてあげたの。こわい時にいいんだよ」 「なるほど! 想、ちょっといいか」  呼ばれて近づくと、突然抱き上げられた。しかも横抱きに! 「えっ、ちょっと待って。駿……っ」 「そうくん、こわくないよ」  僕は落ち葉のベッドにそっと置かれた。  まるで……おとぎ話の世界に迷い込んだみたいだよ。 「駿、待って! 手、離さないで。し、沈んじゃうよ!」 「大丈夫だ。落ち葉が優しく受け止めてくれるさ」  駿の言葉通り、僕の身体は途中で止まった。  落ち葉は暖かくふんわりとして、カサカサと森の音を立てていた。 「どうだ?」 「暖かいんだね」 「自然の温度さ」    ふいに泣きたくなった。  落ち葉のベッドに仰向けになると、木々の間から覗く空が青すぎて。 「お父さん……」  自然に抱かれて思い出したのは、お父さんからの無償の愛だった。  僕も幼い頃、お父さんにこんな風に原っぱで抱っこしてもらった。大きくて広くて逞しいので、安心して身体を預けられたんだ。  そのことを忘れていた。 「想、俺たちもいいか」 「もちろんだよ」 「わぁい」  最初に芽生くんが飛び込んできた。  日だまりの匂いが立ちこめる。  次に駿が「それっ!」と飛び込んだら、ベッドが崩れ、僕は中に埋もれてしまった。  でも怖くない。  駿がしっかり抱きしめてくれたから。 「最高のベッドだな、想~ 落ち葉ベッド初体験おめでとう!」 「しゅんくん、そうだ。いいこと思いついた。落ち葉でおいわいしようよ」 「いいな、それっ!」 「それーっ!」  芽生くんが落ち葉をすくって空に放った。  空が染まる。  赤、黄色、オレンジ色に。  僕の優しくて大切な思い出を、日だまりのような色で彩ってくれた。

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