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大切な人 10

「想、想……起きられそうか」 「ん……」  駿に揺さぶられて目を覚ますと、室内がオレンジ色の光で包まれていた。 「そろそろ帰らないと」 「……僕、眠っていた?」 「……少しな」  肩にはウールのブランケットをかけてもらっていた。  ちらっと時計を確認すると、1時間以上は眠っていたようだ。駿の実家は雰囲気が和やかで居心地が良くて……つい。そうだ! 宗吾さんや瑞樹くん、芽生くんは大丈夫だったかな?  「みんなは?」 「また外で遊んでいるよ。今度はキャッチボール! 元気な家族だな」 「そうなんだね。駿……もしかして、ずっとここにいてくれたの? ごめん」 「大丈夫だ。俺は想の横にいられるだけで幸せだ。それより帰り道、運転出来そうか」 「う……ん」 「何だか心配だな。俺が代わってやりたいが、定員オーバーだしなぁ」  そんなやりとりをしていると、瑞樹くんだけ先に部屋に戻ってきた。 「あ……想くん、起きたんだね。あの……よかったら帰りは、僕が運転しようか」    まるで今の話を聞いていたかのようなタイムリーな流れだ。 「えっ?」 「いや……してみたいというのが、本音かな」  瑞樹くんは優しく微笑んだが、どこか寂しそうだった。  そのまま静かに伏せた瞳には、郷愁の思いが込められているようだった。 「瑞樹くんは……もしかして青い車に深い思い出が?」  行きの車でも懐かしそうに目を細めていたので、気になっていた。 「……想くん、僕の夢を叶える手伝いをしてもらる?」    こんな風に頼まれるのは初めてだ。  大切な友達の役に立ちたい。  僕は何をすべきか。  心を研ぎ澄ますと不思議と彼が望むことが伝わってきた。 「僕のお母さんとドライブをして欲しいな」 「いいの? その……ごめん。君の大切なお母さんなのに」 「……僕はまだ眠気が取れなくて、よかったら任せてもいいかな?」 「想くん、ありがとう」  瑞樹くんは多くは語らなかったが、亡くなったお母さんと青い車でドライブしたかったのではないかな。もしかしたら生前にそんな約束をしたのかもしれない。  そんな経緯で僕は運転を任せて、後部座席に座らせてもらった。 「わぁ、帰りはそうくんがおとなりなんだね」 「うん、芽生くんのお家まではね」 「ボクのおうちまでおくってくれるの?」 「もちろんだよ」 「わぁぁ、ありがとう」  芽生くんは、明るくて元気で素直でいいな。  僕が出来なかったこと、君なら沢山経験出来るだろうね。 「そうくん、落ち葉のベッドたのしかったね」 「ふかふかで気持ちよかったよ」 「またあそぼうね」 「うん、また遊ぼう」  可愛い約束を交わすと、心がふんわりした。  そのまま運転席を見ると、瑞樹くんが母と言葉を交わしながら運転していた。その横顔はどこまでも優しく穏やかだった。  そうか……  僕の両親は健在で、いつも全力で僕を守って愛してくれる。  ずっと当たり前のように思っていたことが、当たりではないんだな。  身体が弱く自由に外遊びも出来ず我慢の日々だったが、家の中にはいつも母がいてくれて、父が外側から守ってくれた。そして駿が遊びに来てくれた。  温室なような場所で、大切に育ててもらったんだ。  もしもお父さんもお母さんもいなかったら、駿がいなかったら……    誰もいなかったら。  そんな想像をすると、目の前が真っ暗になって心も身体も震えてしまった。  満たされた場所から、失うのは怖い。  瑞樹くんは、こんな世界を生きてきたのか。 「そうくん、だいじょうぶ? さむいの?」  小さな手が、僕の手をキュッと握りしめてくれる。 「こわいの?」 「あ……」 「こわくないよ、みんないるから」  無邪気な笑顔が、僕の恐怖を跳ね飛ばしてくれる。 「想くん、今日は瑞樹にこの車を運転させてくれてありがとう。君と出会って瑞樹は夢を叶えられたんだ。感謝しているよ。これからも仲良くして欲しい」  宗吾さんの明るい声と頼もしい雰囲気が、僕の孤独を吹き飛ばしてくれる。 「僕でも……誰かの役に立つのですね」 「当たり前じゃないか。みんな気付かないうちに、誰かの役に立っているんだ。人と人はもたれ合って生きているからな」 「宗吾さんと芽生くんに囲まれて、瑞樹くんは今、とても幸せですね」 「あぁ、俺たちはチームなんだよ。3人でこうやって支え合っている」 「いいチームです。僕はそのチームに、今日は勇気と元気をもらいました」 「ほらな。俺たちの存在も、君の役に立った!」  瑞樹くんの運転は滑らかで乗り心地が良く、僕も珍しく饒舌になった。  今の僕の世界は当たり前のように存在するのではない。  僕を大切にしてくれる人のお陰なんだ。  それに気づけた小旅行だった。  新しい出逢いは、新しい風を運んでくれた。 ****  中東のオフィスにて。 「あー 日本の秋が恋しいな」  もう5年も現地に勤めている同僚が、キーボードを叩きながら呟いた。 「そうだな、黄金色の銀杏並木を見たいな」  口に出すと、懐かしい思い出が蘇ってきた。  あれは……想がまだ3歳前後の頃か。  外遊びが出来ない息子のために、銀杏の葉を沢山拾って来たことがあった。それを由美子が綺麗なモビールにして、想のベッドの真上に吊してやったのだ。  黄金色の銀杏が揺らぐ様子を、想は夢中で見上げていた。 「想、どうだ? どんな風に見えるんだ?」  私も想のベッドに横になってみた。 「これは、なんだか公園で寝転んでいるようだな」 「パパぁ……」  想が頬を染めて、そっと手を伸ばしてきた。内気な息子は私に甘えるのもいちいち恥ずかしいようだ。 「おいで」 「わぁ……きれぇ!」    腹の上にのせて少しだけ揺らしてやると、珍しく声を出して笑ってくれた。 「きゃっ、きゃっ!」  鈴が転がるような可愛い声だった。  一緒に見上げたのは青空ではなく白い天井だったが、くるくると舞う銀杏が、小さな秋を教えてくれていた。  いつか想も、私に秋を運んでくれるだろうか。  その願いは、今日叶う。  スマホに想からのメールが届いたので開くと、そこには想が見つけた秋があった。 あとがき(不要な方は飛ばして下さい) **** 『幸せな存在』とのクロスオーバーはいかがでしたか。 瑞樹と想は境遇的には真逆ですが、分かりあえる関係だと思いました。 そして、瑞樹……青い車を運転出来てよかったですね。 お母さんとお喋りしながら……それは瑞樹にとって叶わなかった夢ですが、こんな風に形を変えて体験することが出来ました。『幸せな存在』でもいずれこのシーンを追ってみます。瑞樹の心情を知りたいので。

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