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大切な人 11
「白石さん、何かいい知らせですか」
「え?」
「いや、さっきから頬が緩んでいるんで。白石さんでもそんな表情をされるのですね」
「……まぁな」
いつもなら、ここで話はぶった切る。
プライベートな話は、会社ではあまりしないようにしていたから。
だがここは中東の小さな事務所で、身近な日本人スタッフはこの男だけだ。
だからなのか、ふと心が緩む。
「……息子が日本の紅葉の写真を送ってくれたんだ」
「へぇ、優しい息子さんなんですね。もう日本は紅葉しているんですね。あーあ、帰りたいなぁ」
彼が遠い目をしたので、つい……
「写真、見るか」
「いいんですか」
「あぁ」
想が撮った紅葉の写真をPCの画面一杯に見せてやった。
「へぇ、どこでしょう? 随分色づいていますね。不思議と懐かしい感じがします」
「……横浜の新緑区だそうだよ」
「え? そこってオレの実家があるところですよ」
「そうなのか」
「だからかな……懐かしさが込み上げてくるのは。これ、息子さんが撮影されたんですよね」
「そうだが」
「自然を愛おしむ心を持っていますね。オレの故郷をこんなに優しく包み込むように撮ってくれるなんて……素敵な息子さんですね。会ってみたいですよ」
素敵な息子。
その言葉が甘くリフレインした。
想は小さい時から線が細くやわらかな雰囲気で、青春時代をアメフトの没頭しボールを奪うことに明け暮れた私には、どうやって接したらいいのか分からない存在だった。
あまりに小さく、あまりに弱々しく……
強く抱けば壊れてしまいそうで、加減が分からなかった。
「息子の写真もあるが、見るか」
「いいんですか。白石さんのプライベートな部分見せてもらえるなんて、嬉しいですよ」
「そういうものなのか」
「普通、大事な部分って、簡単に明かせませんからね」
「……そうだな」
ずっと誰にも見せなかった私の家族。
この男に明かしたくなったのは、想を褒めてもらえたからなのか。
スマホに保存した想の写真を見せてやった。
見送りに来てくれた空港で、一緒に撮ったものだ。
空に飛び立つ飛行機を背に、想はスッと立って微笑んでいた。
身長も伸び体格も華奢とはいえスーツがよく似合う男になった。
優しさの中に凜とした意志を持つ顔をするようになった。
「これが最愛の息子さんですか! いやぁ参ったな~ 偉いイケメンですね。とても優しくて澄んだ心を持っているのですね。なるほど~ 白石さんも頼もしいですね」
盛大な賛辞を受け、照れ臭くなった。
同時に嬉しくもなった。
「ありがとう。その通りだ。大切な息子で頼もしいよ」
留守宅を、妻を、想に任せられるようになった。
想は私が思うよりも、もっともっと成長していた。
「なぁ、一緒に写真を撮らないか」
「へ? オレですか」
「あぁ、一緒に働いている仲間を家族に見せたい」
「嬉しいですね。白石さんとの距離が一気に縮まった気分ですよ」
「これからもよろしく頼むよ」
「えぇ!」
****
青い車で都内を経由して、鵠沼の自宅に戻った。
「想、長時間の運転、お疲れさま。渋滞していたから疲れたんじゃない? ココアでも飲む? 甘いものは疲れを取るわよ」
「ありがとう。半分は瑞樹くんが運転してくれたから大丈夫だよ」
リビングで母のいれてくれたホットココアを飲みながら、寛いだ。
「本当に優しくて楽しくて明るい人たちだったわね」
「うん、あの……お母さん、改めて今日はありがとうございます」
ココアをテーブルに置いて母を見つめると、ニコッと微笑んでくれた。
「こちらこそ、想のお友だちと会わせてくれてありがとう」
「うん……なんだかまだ信じられなくて。この歳になっても新しい友だちって出来るんだね」
「そうよ。私も最近、駿くんのママの紹介でパン教室のお友達が出来たし、お母さんの年齢にになっても新しい出逢いってあるのよ。だからこそ、そのご縁は大切にしたいと思っているわ。だって、貴重だもの」
「うん、僕もそうしたいな。瑞樹くんたちは僕の大切な人だから」
僕とお母さんとの間に流れる空気は、いつも優しく穏やかだ。
小さい時から、いつもふんわりと包み込んでくれた。当たり前のようにいつも降り注いでくれた愛情に、心から感謝したい。
「お母さんがいてくれてよかった」
「どうしたの?」
「……ううん」
「想……私も想がいてくれてよかった。母と子が離れ離れになるのは辛いわね」
「うん……うん、お母さん……家族揃っていられるって奇跡なんだね」
「そうね。お父さんもここにいてくれたらいいのに……」
そこにスマホにお父さんから連絡があった。
さっき紅葉の写真を送ったから、見てくれたのかな?
スマホの画面に現れたのは……
「あ……お父さんだ」
「まぁ!」
同僚と肩を組んだお父さんは、明るい笑顔を浮かべていた。
僕のお父さんは、逞しい。
いつだって憧れの存在だ。
「やっぱりお父さんはカッコイイね」
「うふふ、そうよね」
お母さんと一緒にお父さんの写真を眺め、声が揃う。
「想、FAXレターで、私達の心を伝えない?」
「僕もそう思ったところ」
文字に宿る心をのせて、今日も手紙を送ろう。
家族のLove Letter。
そして恋人達のLove Letterは、ラブ・コール。
「駿、今日はありがとう」
「想、無事に帰れたんだな」
「うん。もうお風呂も入って眠るところ」
「俺も……」
駿の言葉の先は、僕の言葉の先だ。
「なぁ……想……電話越しにキスしないか」
「あ、僕もそうしたいなって……」
駿は目の前にいないが、目を閉じて姿を想像した。
「しゅ……ん」
「そう……」
いつもはリップ音のするキスなんてしないから恥ずかしかった。
でも……「チュッ」っと、わざと音を立ててみた。
すると、駿も同じことをしてくれた。
お互いの音がぶつかった時、本当にキスした気分になった。
実際に触れ合ったわけではないので唇の感触は感じられないが、駿を想像した心が、キスをした時のようにドキドキ跳ねていた。
「トキメキのキスだな」
「……照れ臭いね」
「想、もう1回しよう」
「ん……」
ベッドの中は、秘密基地。
僕はベッドの中で、何度も何度も駿にキスを発信した。
駿は僕の大切な人だから、愛は惜しまない。
『大切な人』 了
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