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絆 12

若林さんが職務に戻ってから季節が進み、もう12月中旬になっていた。   僕がカイロにやってきてから、間もなく1ヶ月経とうとしている。  お父さんの怪我は重く奇跡的に下半身不随は免れたものの、今後どのように回復していくのかは現段階で見通しが立っていない。先日全身の精密検査を受けたが、全てはリハビリ次第という診断結果が出ていた。 (大丈夫、しっかり時間をかけてリハビリすれば、きっと! 想、しっかりしろ。今日も頑張れ!)    お父さんを不安にさせないように、僕は毎朝バルコニーで砂漠の風を受けながら自分を鼓舞した。  異国の慣れない気候でここまで体調を崩さずいられたのは、夜には駿が励ましてくれ甘やかしてくれるお陰だ。一日の疲れは、その日のうちに取るよう心がけていた。    お父さんが僕を頼りにしてくれている。今の僕には、それだけで充分だった。何もかも投げ打ってでも、お父さんが元気に帰国できるまで付き添うつもりだった。だから職場に長期休職願いを出そうと決めていた。  そんな気持ちを伝えようと病室に向かう最中に、久しぶりに貧血を起こしてしまった。  まずい……!  そう思った時には時既に遅し、僕は廊下に手をついたまま動けなくなり、その場にズルズルと倒れてしまった。  次に気付いた時には、お父さんの個室の簡易ベッドに寝かされていた。 「あっ……」 「想、気付いたのか」 「お……お父さん、すみません」 「お父さんこそすまない。疲れさせてしまったな」 「そんなことないです。ちょっと貧血を起こしただで、もう大丈夫です」 「いや……すまない」  お父さんが硬い表情になっていたので、慌てて話題を変えようと努めた。 「お父さん、今年はカイロでクリスマスですね。この個室も少しクリスマスらしく飾りましょうか」 「……想……そのことだが」 「はい?」 「想はもう日本に帰りなさい」 「えっ」 「……なぁに、私もこの身体にも慣れたし、リハビリくらい一人で出来る。だから想は自分の世界に戻りなさい。仕事だって私のせいで1ヶ月も休ませてしまって申し訳なかった。想の会社人生に汚点を残してしまったな。本当にすまない」  お父さんの言葉に呆然とした。  僕を想っての言葉だと頭の中では理解しているのに、もう不要だと言われたようなショックを受けてしまった。 「想、頼む。そうして欲しくれ」 「お父さん……」 「ここまでありがとう。帰国準備をしなさい」  どうしよう? どう答えたらいいのか分からない。  こんな時、僕はまた小さな子供に戻ってしまう。 「わ……かりました。お父さんがそれを望むのなら従うだけです」  その晩、僕の不調はすぐに駿に見破られた。 「想、元気ないな、どうした?」 「……駿には隠せないね」 「当たり前だ。想の心の鍵を持っているからな」 「ん……お父さんがね、僕だけ日本に戻るようにって言うんだ。どう答えていいのか分からなくて」 「もしかして、想、今日体調が悪かったんじゃないか。貧血起こしたのか」 「なんで分かるの?」 「だから俺は想のことなら何でも分かるんだ。想の全てを知っているからな」 「……お見通し通りだよ。病院で貧血を起こしてしまったんだ。こっちに来てずっと体調が良かったのに……」 「まさか風をまともに浴びてないよな」 「えっ」 「そっちの風は喘息に良くないぞ」 「でもそれって砂嵐(ハムシーン)のことだよね? 今は冬で春先の話だよ」 「……カイロの気候自体が、想には負担なんだよ」 「そんな」  確かに日に日に身体が不調にはなっていた。お父さんの役に立ちたいという気力だけで頑張ってきたが、そろそろ限界なのかも知れない。情けないがそれが事実だった。僕も薄々感じていたから、お父さんの言葉に抗えなかった。 「道は一つじゃないぜ」 「え?」 「サッカーではひとりでゴールを狙うことは稀だ。味方にパスして繋ぐだろう」 「……うん」  ずっと駿の試合を観戦していたのでルールは分かるし、イメージも出来る。 「だから、想が困っているのなら、横にいる俺にパスしろよ」 「えっ」 「一緒にゴールを狙うんだろう? 俺たちは」  駿と一緒にグラウンドは走れなかったが、人生を走ることを誓っていた。 「一緒に考えて欲しい。駿に……パス……してもいいの?」 「その言葉を待っていた! ちゃんと道は準備しておいた。だから聞いてくれ、俺の案を」  まるですぐ横で、駿が僕の肩を抱き、しっかりサポートしてくれているようだった。  力強い言葉は続く。 「想、お父さんと一緒に日本に戻ってこい! 俺が迎えに行くから」       

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