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絆 13
朝起きて白い天井を見上げると、つい溜め息をついてしまう。
1ヶ月程前のことだ。カイロでの仕事を終え車に乗っていると突然銃撃を浴び、撃ち抜かれた大腿部からの出血多量で生死を彷徨ったのは。
黄泉の国に足を突っ込みそうになったが、夢と現実の狭間で最愛の息子が手を引いてくれたお陰で奇跡的に助かった。
だから生きているだけでも有り難いことなのに……全く人というのは欲深い生き物だな。
今は……この自由に動かない身体がもどかしくて堪らない。点滴の針も動かない足も、何もかも嫌になる。
生きて来て……こんな境遇に陥ったことがないので寝たきりの生活に発狂しそうだ。だがこんな情けない姿を息子には見せたくなくて、つい意地を張ってしまう。
午前中は診察を受け、戻ると簡素な食事が無造作にベッドサイドに置かれていた。
慣れない異国の味付けに、日本が猛烈に恋しくなる。
私の舌は……妻の食事を欲しているらしい。日本にいる時は接待続きで、ろくに家で食事を取らなくなっかたのに……弱った身体で思い出すのは、妻の優しい味付けばかりだ。
匙を置いて窓の外を眺めていると、介助の男性スタッフがやってきた。
「白石さん、昼食下げていいですか」
「あぁ、頼む」
「あれ? 今日はまだ息子さん見えてないのですか」
「あぁどこかに寄ってから来ると言っていたから、午後になると言っていたよ」
「そうなんですか。残念だな。今日も会えると思っていたのに。白石さんの息子さんって、ドキッとするような魅力がありますよね」
「え?」
「CuteでHotで、とてもいいですね」
彼が呟いた一言に、胸の奥がざわりとした。
深い意味はないと信じたいが、どこか性的な目で息子を見ているような気がし、嫌悪感を抱いてしまった。
想は愁いを帯びた繊細で優しげな顔立ちで……屈強な男性から見るととてもか弱く見えるだろう。だから……心配になる。
これは、いつまでもここに置いておかない方がいい。
アラビア語も日常会話を話せる程度に覚え、病院スタッフとコミュニケーションを図り、私の世話を甲斐甲斐しくしてくれる優しい息子を、こんな姿になってでも守ってやりたくなる。
そんな風に思い始めていた矢先に、想が倒れた。
私の病室に意識を失い抱きかかえられてきた息子。その蒼白な顔色にぞっとした。診察してもらった結果いわゆる貧血とのことだったが、心配は尽きない。
決めた! 今すぐ想を日本に帰らせよう。
そもそもエジプトの砂漠の風は、想の肺を痛めつけるだけだ。
目覚めた想に伝えると、とても悲しい色の目で私を見つめていた。
「想はもう日本に帰りなさい」
ショックを受ける息子に畳みかけるように言ってしまった。
これでは以前と同じだ。
落胆して帰っていく背中を見て、胸を締めつけられた。
だが呼び止めようとした手は、空を掴むだけだった。
本当は……本当は……
私は……弱いのだ。
その晩はなかなか寝付けなかった。
「白石さん、いいですか」
「はい」
「これ、お渡しするの忘れていました」
「なんだ?」
看護師から差し出されたのは白い箱だった。
「お昼間、息子さんが倒れた時に持っていたものです。ナースステーションでお預かりしていたのに、お届けするの忘れてしまって」
「……ありがとう」
白い箱を開けてみると、こんがり飴色の美味しそうなパイが入っていた。
それから手紙も。
……
お父さん。
異国の食事はなかなか難しいですね。昨日ドクターに確認したら、もう差し入れをしてもいいそうです。だから……どうしてもこれをお父さんに食べてもらいたくて、ホテルのスタッフに頼み込んで作らせてもらいました。
スイートポテトアップルパイです。お母さんの味には敵いませんが……お口に合うといいです。これ、お母さんのレシピなんですよ。
お父さんのこといつも応援しています。
日本に一緒に戻りたいです。
想より
……
一口食べたら、はらはらと涙が溢れた。
もう一口食べると、懐かしい気持ちが込み上げてきた。
さらにもう一口食べると……
想と一緒に私も日本に帰りたくなった。
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