143 / 161
新しい生活 1
もうすぐ、もうすぐよ。
剛さんと想が、間もなく帰国する。
あなたが生きて戻って来てくれる。
私の元に戻って来てくれる。
それだけで、充分なの。
どんな姿になっていても、あなたはあなたよ。
それを早く伝えたい。
「由美子ちゃん、飛行機、無事に到着したみたい。もう間もなく会えるわよ。さぁ迎えに行きましょう」
「沙織ちゃん、空港までついて来てくれて、本当にありがとう」
「そんなの当たり前じゃない。それより駿はちゃんと役に立ったのかしら? まるで近所に行くみたいに勢いよく出掛けて行ったけれども」
「くすっ、そうね。そんな感じだったわね。でも駿くんらしいわ。この1ヶ月……主人も息子も不在で心細かったけれども、駿くんがいつも傍にいてくれたから寂しさが紛れたわ。流石、沙織ちゃんの育てた息子さんね」
「ありがとう。由美子ちゃんの息子にもしてやってね。私も想くんを息子だと思っているわ」
「何よりの言葉だわ! ありがとう」
「私達、二人の頼もしい息子がいるのね。心強いわね」
「ええ!」
1ヶ月前、単身赴任中の剛さんがカイロで銃弾を浴び、生死が分からない状態という知らせに、私はその場で立ち尽くしたまま一歩も動けなかった。何をしたらいいのか、頭の中が真っ白になって……想も一緒に動揺し固まってしまった。
でも、すぐに駿くんがやってきて、動いてくれた。
そして想がカイロに向かってくれた。
大人しい息子の行動力には驚いたけれども、嬉しかった。
剛さんと私にとって、想は最愛のひとり息子。
その息子が枕元で呼びかけたら、きっときっとあなたは戻って来てくれるでしょう?
そんな予感と期待で一杯だったの。
駿くんの行動力は凄かったわ。すぐに沙織ちゃんを連れて来てくれて、私の心のケアをしてくれた。沙織ちゃんが自宅に戻る休日は、マンションにやってきて食事を一緒にしてくれたの。
誰もいないマンションの静寂が怖い私にとって、本当に救いだった。
……
「おばさん、今日の夕食何ですか」
「カツカレーよ」
「やった!」
「駿くん、本当によく食べるのね。お米を買いに行かないと」
「あ、じゃあ今から行きましょう! 俺が付き合いますよ。それから料理も教えて欲しいんです。想が好きな料理って何ですか。帰ってきたら作ってやりたいです」
「まぁ、想は幸せね」
「俺……おばさんも幸せにしたいです。おじさんもです」
……
明るくて前向きなことばかり言ってくれる太陽みたいな男の子。
初めて会った時から、その印象は変わらないわ。
成長してもそのままでいてくれて、嬉しいわ。
駿くんが想を輝かせてくれる。
想が幸せなら、私達も幸せなの。
……
「おばさん、ちょっとカイロまで二人を迎えに行って来ます」
「えっ、カイロまで何時間かかると思っているの?」
「俺にとって距離は重要ではないですよ。想が呼んでいる。想の傍に一刻も早く行きたい。そんな気持ちで一杯です。じゃあ行ってきます」
まるで青空に架かる虹のように、駿くんは駆け出した。
その後ろ姿は逞しく、まるで若い頃の剛さんみたい。
大人しくて内気で応援席に埋もれていた私を見つけてくれた剛さん。
何もかも真逆の……憧れの存在だったのに。
その憧れは愛となり、お付き合いし結婚し、想を授かったのよ。
「由美子ちゃん、あそこ……あそこよ!」
「あっ」
車椅子に乗った剛さんの姿が飛び込んで来た。
あなたは私は見つけると、明るい笑顔で手を振ってくれた。
良かった、良かったわ。
どんな姿でも、あなたはあなただって、ちゃんと分かっていたわ。
「由美子……」
「お帰りなさい!」
私はあなたの元に駆け寄って、あなたを抱きしめた。
車椅子に乗っていても、あなたは生気を失っていなかった。
むしろ出国した時よりも、生き生きとしているわ!
「心配かけたな」
「良かった。良かったわ……生きていてくれてありがとう」
「うん、生きている。このような身体で、もどかしいことも多い。悔しいことも沢山ある。だが、生きていて良かった。由美子にまた会えて良かった!」
****
お父さんとお母さんの抱擁を、僕は涙を浮かべながら見守った。
この涙は、どこまでも温かい。
飛行機の中で眠るお父さんの手を、ブランケットの中に入れようとした時、手の甲が傷ついていることに気付いてしまった。
いつの間に……?
退院した時は何もなかったのに、もしかして……あの時、僕を助けようと車椅子から転んでしまったのか。
お父さん、ごめんなさい。
そして駿、ありがとう。
あぁ、お父さん。
本当は悔しいですよね。身体がままならないなんて、もどかしいですよね。僕にもベッドから長く起き上がれない時期があったので、気持ちが痛い程分かります。
でもお父さんの言葉は、それを超えた。
生きていて、良かった!
その言葉は、全てを救う。
これから始まる新しい生活の糧となる!
ともだちにシェアしよう!